一枚のコインで家が建つ㊱
これは夢だ。そうに違いない。そう思って香月はもう一度目を閉じたが、すぐに塩井に頬をつねられた。
「こら、また寝ようとするんじゃない」
「な、なんで先輩が私の部屋にいるんですか。不法侵入!?」
「まさか覚えてないのか?まったく呆れたな」
香月は必死に頭を回転させて、現在に至るまでの敬意を思い出そうとした。しかし覚えているのは、塩井に連れられてノンアルコールバーに行き、シンデレラというカクテルを飲んだところまでだ。そのあとは頭がふらふらとして、気が付けば自室のベッド。
「すいません、私あのあと一体何を…」
「まずはこれを見てもらったほうが早いな」
塩井がスマホ画面に表示させたのは、バーのカウンターに突っ伏して眠る香月の寝顔だった。口元がふにゃふにゃに緩んで、顔も真っ赤だ。
「約3時間前の香月だ」
「嘘だ嘘だ噓だ!」
「嘘じゃない。ノンアルコールだというのに酔いつぶれるとは、さすがに予想外だったよ」
写真の中の自分は、見たことのないくらい情けない顔をしていた。これが塩井のスマホのフォルダに残っているというだけで気が狂いそうになる。
「消してください、直ちに!」
「もう部員たちには送ったぞ」
現代アート部のグループチャットを見ると、塩井が香月の寝顔を送信した履歴があった。岩崎と橘がなにかコメントしているが、見る気にもなれない。
「ひ、ひどい。私がなにをしたっていうんですか」
「岩崎たちも『かわいい』って言ってくれてるぞ。私もそう思ったから撮ったんだ」
「嘘だね!絶対面白がって撮ったでしょ!」
「まあ否定はしないがな。それより香月。覚えてないってことは、私にあんなことしたのも全部忘れたのか?」
「あんなこと?」
塩井がぎゅっと唇を噛み、顔を俯けた。
「悪い女だな、君は」
「えっ、ちょっとマジで分からないんですけど。私なんかやったんですか?」
聞いても塩井は答えないが、香月が忘れている何かが2人の関係を揺るがすものだったような気配がする。
「そうかそうか、酔ってて覚えてない、か。都合のいい言い訳だよ」
「だからなにが!」
「ん…私も眠くなってきた。酔いつぶれた君をここまで運んできて疲れてるんだ。ちょっと休ませてくれ」
「床で寝るんですか?先週から掃除してないし汚いですよ」
時計を見ると、もう夜の10時だ。バーに行ったのが晩御飯時だったので、それから随分と時間がたっている。
「では失礼して…」
「ちょ、先輩!?」
塩井がもぞもぞとベッドに潜り込んできた。
「もう少し奥に詰めてくれ」
「いやこれシングルベッドですし狭いですって!ていうか帰らないんですか?」
「今から歩いて帰る気力がもうない。親御さんにはお泊りの許可をもらっているから、今日はここで寝かせてもらうよ」
よほど疲れていたのか、塩井はすぐに寝息を立て始めた。




