一枚のコインで家が建つ㉟
香月の好みに合わせて作られたのは、シンデレラというノンアルコールカクテルだった。オレンジ、レモン、パイナップルの3種が混ざり合い、フレッシュな甘みが口の中に広がる。
「やば、美味しい」
ノンアルコールとはいえ、カクテルを飲むという大人びた体験に酔いしれていた香月。隣の塩井がぷっと噴き出した。
「な、なんですか。なんで笑ってるんです」
「はは…、いやすまんすまん。大人の階段を昇ってる喜びが、全身から溢れているもんだからおかしくて。分かりやすいな、君は」
うっとりしていた気分が台無しだ。一歳しか年が違わないうえに、ノンアルで大人ぶられても困る。
「先輩こそ大人ぶりたくてこんなお店来たんじゃないんですか?」
「そうだが?」
「くっ…」
簡単に認められるとかえってこっちが恥ずかしくなる。いくらノンアルだからって、高校生が一人で通うような店ではないだろうに。
しかし塩井がカクテルを飲む様は見事なまでに画になる。映画のワンシーンと言われれば信じてしまいそうだ。
しばらく香月は黙ってカクテルを飲んだ。一気に飲むのはマナー違反な気がしたので、ちびちびと中身を減らしていく。そうするうちに、なんだか頭がふわふわとしてきた。
「これ、アルコール入ってないですよね?」
「入ってたら大問題だぞ。私たちは堂々と未成年飲酒をしてることになるじゃないか」
「でもなんか…きもちよく…」
「雰囲気に酔ってしまったんだろ。人間なんて思い込みの生き物だから、頭が酒だと思えばアルコールがなくても酔いが回る、なんて話もある」
「せんぱい…」
「へっ!?」
熱くなった頭では何も考えられず、香月は椅子から身を乗り出して塩井に抱き着いた。
「な、なんだ。気分が悪いのか?トイレならそこの角に」
「せんぱい」
塩井の肩を両手で掴み、まっすぐ目を見据える。
「あの、香月…」
「うるさい」
香月の手刀が塩井の頭を打った。
「きゃん!」
「黙って私だけ見て」
それが香月が店で発した最後の言葉だった。糸が切れたように眠り込み、次に目が覚めたときには自宅のベッドに寝かされていた。
「ようやくお目覚めか」
目を開けると、疲れた顔の塩井がのぞき込んできた。




