一枚のコインで家が建つ㉛
「おぉぉぉぉぉ…」
塩井が膝をつき、悲哀のこもったうめき声を上げた。
「せ、先輩、元気出して下さい。作品が盗むときに壊されたのは、監視カメラの映像で見たじゃないですか」
バラバラになった小銭を前にして項垂れる塩井に、励ましの言葉はあまり意味をなさなかった。
「ひどい、あんまりだ。どうしてこんな事ができる!私と前田先生が魂を込めて作ったアートを、私利私欲を満たすために破壊するなどと!」
整った顔立ちを怒りに歪めた塩井がホームレスの3人を睨みつける。特に塩井の視線が突き刺さったのは、最も手ごわかった長髪である。
「お互い様だろ。ドブネズミと野良猫に嚙まれたこっちの身にもなってくれよ」
「なにがお互い様だ!お前は私の作品を盗んだ挙句に壊した極悪人。裁きを受けて当然だろう。むしろあれでも手加減したほうなんだぞ。やろうと思えばカラスにイタチ。アライグマだって呼べる」
「なにそれ、見てみたい!」
オオサンショウウオを召喚して欲しがったりと、四条は動物が好きらしい。
「踏みとどまってくれて良かったですよ。あやうくここがジャングルになるところでした」
「なに言ってるの、香月ちゃん。いっそ塩井ちゃんが餌付けしてる生き物全部呼んでほしいくらいだよ」
塩井のせいで街の生態系が崩壊したらどうするつもりだろう。市町村レベルで済めばいいが、下手すれば県をまたいでの騒動になりかねない。
だが塩井が見境なく生き物を手懐けていたおかげで全員が無事なのだから、今回ばかりは感謝しておこう。
「とりあえず小銭を回収しよう。これは後輩たちが善意で募金してくれた貴重なお金なんだ。こんな連中に使われなくて良かったよ」
「半分騙して集めたようなお金ですけどね」
「だからお金の件は警察には黙っておくんだよ。あくまでこいつらの罪は、岩崎と四条に対する暴行。未遂に終わったとはいえ、性的暴行も加えかけただろう」
「もー、怖かった。私の純潔が奪われちゃうところだった」
「純潔、だと?」
「なにさ」
「君のような変態に最も似合わない言葉だと思ってね」
長髪に襲われた時、泣き叫んで抵抗する岩崎と対照的に、すべてを諦めて受け入れる態勢だったことからも四条はすでに純潔を失っていると察せられる。緊縛クラブなどという部活を立ち上げる人間が、性に奔放でないわけがないのだ。
「香月、橘。小銭を袋に詰めてくれ」
「分かりました。って、おもっ!」
「30万円分あるからな」
現代アート部でもっとも体の小さい橘は、袋に少し小銭を詰めただけでフラフラしている。
「いいよ橘。私が持って帰るから」
「じゃ、じゃあせめてこれだけ…」
大きなビニール袋に対して、1万円分にも満たない量の小銭を詰める橘。なんてひ弱な生き物なのだろう。同い年とは思えない。
前田が通報して間もなく警察が到着し、顧問の2人が状況説明を行った。その隙に香月たちは商店街跡を抜け出し、学校へと戻っていく。被害者である岩崎と四条は現場に残り、犯行の様子を警察に話すことになった。
香月が現場をあとにする直前、四条のわざとらしい泣き声が聞こえてきた。ホームレスの罪を重くするために、あることないこと喋るつもりだろう。




