一枚のコインで家が建つ㉚
窮鼠を猫をかむということわざがあるが、追い詰められたホームレスが猫に嚙まれているこの状況はなんなのだろう。
「猫とネズミってどっちが痛いんだろうねー」
「なんかネズミのほうが痛そうやな」
「うぎぃぃぃ!」
長髪の悲鳴は、野良猫の鳴き声にかき消される。塩井がそれに共鳴したように、また一声鳴いた。
「うにゃぁん」
「それなんなん?」
「猫と会話しているんだ。あの男を襲えとな」
「絶対適当やん。猫語翻訳アプリとか入れたことあるけど、無茶苦茶やったで。撫でてっていうから撫でたら噛まれたもん」
香月もそのアプリを試したことがあるが、岩崎と同じでまったく意思の疎通が図れなかった。『大好き』と喋っていたはずの猫が引っ搔いてきたので、もう何も信用できない。
無駄に艶やか動きで腰をくねらせ、猫の鳴き真似をする塩井。その声に呼応した野良猫たちは、長髪の脂ぎった髪を咥えて引っ張り始めた。
「ギブ、ギブ!頭皮千切れる!」
顧問2人を呼びに行っていた橘が戻ってきて、猫に襲われている長髪を見て絶句した。
「な、なにこの状況」
香月は説明しようとしたが、適切な言葉が見つからない。
「先輩が召喚したの」
「召喚…?」
「辺り一帯の動物を餌付けしてたみたいで、さっきまではドブネズミが戦ってくれてたんだよ。で、選手交代で、御覧の通り野良猫があいつにたかってるってわけ」
「ごめん全然分かんない」
「私もだよ。先輩の行動はやっぱり常識じゃ図れないね」
見張りから戻った宇崎と前田も、腰をくねらせてにゃんにゃん言いながら野良猫の統率を取る塩井に言葉を失っている。
「いくら塩井さんが特殊だからって、こんな事あり得るのか?」
「怖いよ恵ちゃん。これもう魔術とかの類だよ」
塩井なら魔術の一つや二つくらい扱えても不思議じゃないと、そう思わせる何かが彼女にはある。塩井が魔術を使うとしたら、いい魔法使いではなく悪い魔女のイメージがどうしてもついてしまうが。
「綺麗…」
香月はぽつりと呟いた。
野良猫の毛並みは汚く、ぼろ雑巾みたいな子たちばかりだ。なのにそれを操る塩井はあまりに妖艶で、汚いはずの野良猫まで美しく見えてしまった。




