一枚のコインで家が建つ㉙
一匹一匹は非力なドブネズミでも、群れを成せばそれは脅威となる。たとえハムスターであっても、50匹も集まれば人間一人くらい食い殺せるだろう。ドブネズミにやられるくらいならハムスターの大群に埋もれて死にたいと、もがく長髪を見ながら香月は思った。
「先輩、もうそろそろいいんじゃないですか。あの人死んじゃいますって」
「急所は外してるし、甘噛みだから大丈夫」
「あれのどこが甘噛みなんですか!ガッツリ歯突き立ててますって!」
「あわや私たちの仲間が強姦されるところだったんだぞ。多少は痛い目を見てもらわないと」
多少というか激痛に違いない。げっ歯類の噛む力は、体の小ささに対して相当なものだと聞いたことがある。
「そうやそうや、やったれ塩井!ウチを襲った罰や!」
長髪に組み伏せられて流していた涙を拭いながら、岩崎が吠える。
「塩井ちゃん、他の動物はいないの?いたら総動員してよ。私もさすがにムカついてきちゃった」
普段は言動に反してふわふわとしている四条の笑顔も、今は凍り付いている。
「カラスならすぐに呼べると思うが」
「カラスはやめて。嫌な思い出がよみがえる」
塩井の操るカラスに啄まれたことがトラウマになっているらしく、四条はぶるぶると震えた。
「オオサンショウウオはどうだろう?」
「呼べるの!?見たい!召喚してよ、塩井ちゃん!」
「それ戦力にならんやろ。てかどうやって餌付けしてん」
塩井の行動を常識で考えてはいけない。両生類だろうが爬虫類だろうが、塩井が手懐けたというのならそうなのだろう。
「ひぃ…こいつらどかしてくれ!俺が悪かった!」
もはや長髪の姿はドブネズミに埋もれて見えなくなっていた。最初は30匹程度だったのが、いつの間にか倍近くの数に増えている。
「本当に反省しているのか?変態め」
「そーだそーだ、土下座しろ変態!」
学校一の変態が何か言っている。
「土下座でもなんでもするから、助けてくれ!」
「ふーん、どうする塩井ちゃん?」
「あいにく私は優しくないんだ。この程度で制裁が終わると思うなよ」
塩井は何度か喉を鳴らしたかと思うと、猫なで声…ではなく猫そのものの鳴き声を発した。
「んにゃあ」
それを合図にドブネズミたちは蜘蛛の子を散らすように退散し、代わりに現れたのは野良猫の群れだった。どの猫も漏れなく毛並みが薄汚れており、大量のノミを体に住まわせていそうだ。
「お前なんでもありか。猫ってネズミの天敵やんけ!」
「だからネズミたちを退散させたんだろう。餌付けした動物どうしで食いあうのは好ましくない。それが自然の摂理だとしてもね」
腰をくねらせて甘えた猫の声を出す塩井は、ホームレスとの戦いの最中とは思えないほど色っぽかった。




