一枚のコインで家が建つ㉗
岩崎は足を壊すまで、サッカー部のエースとして活躍していた。数多のボールをゴールにぶち込んできた脚力で長髪の頭を蹴ったものだから、ダメージは相当なはずだ。脳震とうを起こすくらいならまだマシで、下手したら後遺症が残る重傷になるかもしれない。それでも四条が襲われるのを黙って見ているわけにはいかない。
「…ってぇな。1人じゃなかったのかよ」
岩崎の蹴りを食らっても、長髪は倒れることなく意識を保っていた。まるで机の角に頭をぶつけた程度の反応だ。見た目は貧相なのに、意外と体は頑丈らしい。
「な、なんやこいつ。ウチの蹴りが効いてへん!」
「岩崎ちゃん…!」
長髪に組み伏せられた四条が、岩崎に手を伸ばす。
私にかまわず逃げて、みたいな事を言うのかと思ったが、四条は岩崎の腕をしっかり掴んだ。
「1人だけ逃げるなんて許さないよ。死ぬときは道連れにしてやる」
四条に自己犠牲の精神などあるわけがなかった。
「放せや!ちょ、力つよっ!」
「私たちはこの汚い男に無茶苦茶に汚されるんだよ。勝てないのは分かったし、大人しく受け入れるしかないね」
「ウチまだ逃げれるチャンスあるやん!」
蹴りが効かないと分かって時点で踵を返していれば岩崎は助かっただろうが、四条が地獄に引きずり込んだせいで逃げ遅れた。長髪は岩崎の胸倉を掴んで、四条の隣に押し倒す。
「何が目的か知らんが、こんなとこまで来たのが運の尽きだったな。さて、どっちから頂こうか」
追い詰められた2人の反応は正反対だった。四条はすべてを諦めて、光を失った目で虚空を見ている。岩崎は大粒の涙を流して、迫りくる長髪の手から体を守ろうともがく。
「先輩、あの2人を助けないと!」
「ああ、私が行く。香月はそこに隠れてろ。橘は見張りをしてる先生たちを呼びに行ってくれ」
襲われている四条と岩崎のところへ塩井が向かっていく。なにか策があるのだろうか。あの2人が勝てなかった相手に真向からの勝負で塩井が勝てるはずがないが、その後ろ姿は妙に頼もしかった。
「おい」
「あん?3人目かよ。お前らグループで来てんな?」
背後からかけられた塩井の声に振り向いた長髪は、その美貌に一瞬目を丸くした。
「おっ…、こりゃまたすげえのが来たなあ」
「あかん塩井、逃げろ!」
「ダメだよ。一緒に地獄を味わおう」
岩崎と四条が真逆の事を言っている。
「私が君たちを置いて逃げるわけがないだろう。かといって、地獄を味わうのもごめんだかな」




