一枚のコインで家が建つ㉖
香月の心配は杞憂に終わった。
煙幕代わりの石灰が晴れたころには、四条の足元に拘束された禿げ頭が倒れていた。
「緊縛クラブ舐めてもらったら困るよ。こちとら目をつむりながらでも縛れるんだからね」
舞い散る石灰の中、四条は目を閉じた状態で禿げ頭の手足を縛っていたらしい。もし緊縛の全国大会があるなら、四条は優勝を狙える逸材だろう。
「ナイス!」
岩崎と四条がハイタッチすると、手についた石灰の残りがぶわっと舞った。
岩崎が敵の注意を引き、その隙に四条が拘束して動きを封じる。2人のコンビネーションにより、早くもホームレス3人のうち2人が文字通りお縄にかけられた。
「残るは1人だねー。あのロングヘアのおじさん」
「昔のロックンローラーかいな。ウチ男の長髪嫌いやわ」
「ぱぱっと片づけちゃおうよ。あんまりここに長居したくないし」
「最後はちょっと派手にいこか。やってみたいことがあんねん」
岩崎は右手にライターを。そして左手に持ったトングに握られているのは、松ぼっくりだった。
「松ぼっくりってよう燃えんねん」
その言葉通り、岩崎が着火した松ぼっくりは一瞬で炎に包まれ、まるで火球のようになった。トングを振りかぶり、長髪のいるほうへ松ぼっくりを投げる岩崎。赤い火の玉が薄暗い商店街跡の中で圧倒的な存在感を放っている。
「おわ、燃えてる!どっかのガキのいたずらか⁉」
長髪は消火のため、飲んでいたペットボトルの中身を松ぼっくりにかけた。その瞬間を狙い、四条が後ろからロープを手に駆け寄っていく。またあの神業が炸裂する。香月は期待して見守っていたが…。
「てめえか、火遊びしてんのは!」
「きゃっ…」
髪を振りながら後ろを振り向いた長髪が、四条の腕を素早くつかんで捻り上げた。
「あん?ロープなんか持ってなにするつもりだ」
「放して!汚い!」
何か月、もしかしたら何年もまともに洗ってい無さそうな長髪の指は、垢や汚れがたまって真っ黒だ。不衛生な手が四条の肌に食い込んでいく。
「ここはお前みたいなのが来るところじゃねえよ。分かってんだろ?なにしに来たか知らんが、俺に掴まったからには無事に帰れると思うな」
四条がロープを取り落とし、両手で長髪の腕から自分を引き放そうともがいている。しかし単純な運動能力なら四条が上でも、成人男性と女子高生の力比べとなるとさすがに不利だ。
長髪が油まみれの髪を垂らしながら四条に覆いかぶさる。助けに行かないと、と頭で分かっていても、体が動かない。意思とは逆に、香月の足は四条と反対方向に向こうとする。
「よく見たらお前、結構いい顔してるじゃねえか。可愛そうになあ。せっかく綺麗な顔が、こんなおっさんに無茶苦茶にされるんだから」
生地が半分ほど敗れたデニムのジーンズを長髪が脱ぎかけていたその時、岩崎の蹴りが相手の頭を襲った。
「きもいねん、おっさん!女に相手されへんからって、女子高生に手え出すな!」




