一枚のコインで家が建つ㉓
先ほどまで閉じられていた遮光カーテンが開かれ、部室の内部に光が差し込んでいる。四条によって新たな世界の扉を開いた女子生徒が光に照らされている様は、神々しいとさえ思えた。だらしなく口を開け、遠くを見る目で痙攣しているその子に、まるで天使のお迎えが来たかのような光景だ。そこだけ切り取れば一枚の絵画になりそうである。
「あの子はもう手遅れです。あっちの世界に行っちゃいましたよ」
「緊縛クラブめ。なんて恐ろしい」
「お、塩井ちゃんと香月ちゃん。そっちから訪ねてくるなんて珍しいね。なんの用?」
昇天した生徒の頬を撫でながら四条が問う。
「お前はいつもこんな事をやってるのか?」
「いつもじゃないよー。頻度でいえば週に1回くらいかな。素質のありそうな子を見つけたら、部室に連れ込んでるだけ」
校内では常に四条が獲物を狙っているというわけか。おちおち廊下を歩くこともできやしない。なんて治安の悪い高校なのだろう。
「深川に言って廃部にさせてやろうか」
「ふふ、残念。生徒会公認なんだよ、うちの部活。むしろ深川ちゃんが一番協力的で、今年の予算拡充してくれたんだー。この通り、丈夫なロープもたくさん新調したよ」
やはりあの人が関わっているようだ。深川からしてみれば、四条に縛られて変な扉を開く生徒は恰好のネタになる。需要と供給が合致したせいで、生徒会長という立場を利用して校内の風紀を乱しているらしい。
「なんだと。現代アート部にはケチなくせに!」
「ていうか廃部予定でしたしね」
「それより私に用事があって来たんじゃないの?」
「ああそうだった。お前はわが校屈指の変態だが、文化部にしておくにはもったいない身体能力の持ち主だ。その力を貸してほしいんだよ」
「うん?どういうこと?また野球の試合に駆り出すつもりかな」
「いいや、今回はもっと危険なミッションだ。だからこそ四条の力が必要なんだよ」
ホームレスに作品を盗まれたこと。それを取り返し、不届きものたちに制裁を加えるという作戦を塩井が説明した。まだ痙攣が止まらない生徒の体を撫でながら、四条は黙って聞いていたが、塩井が一通り話し終えると、「やだ」と首を横に振った。
「私に協力するメリットないじゃん。なんでそんな怖いことに首突っ込まないといけないのさ。悪いけどほかをあたってもらえる?」
断られて当然の頼み事なので、香月は最初から諦めていた。予想通りの反応をした四条に、ですよね、といったふうに肩を竦めてみせる。
しかし塩井は簡単には引かなかった。
「メリットがない、ね。私がなにも差し出さずに交渉に臨むと思うか?」
「塩井ちゃんがなにかしてくれるの?」
塩井は両手首を顔の前で合わせて、小首を傾げて見せた。
「私を縛っていい。好きなだけ」
普段はしないようなあざとい表情を作っているのは、四条を誘惑するためだろう。かなり無理をしているのが、隣で見ている香月に伝わってくる。
「先輩、そんなこと…」
「いいから」
止めようとした香月を塩井が制する。
「悪くない条件だろう?どうだ四条」
それは自らがエサとなる価値を理解しているからこその行動だ。塩井がそこまでするなんて、よほど作品を盗んだ相手に復讐心を燃やしているらしい。




