一枚のコインで家が建つ㉒
緊縛クラブの部室を訪れるのは初めてだった。現代アート部と並ぶ、いやそれ以上に日陰者のくせして、意外にも日当たりがいい場所に割り当てられている。
香月が扉をノックしたが返事がない。緊縛クラブ部長の四条は留守だろうか。
あの変態を仲間に引き入れようと言い出したのは塩井だった。中身はまったく褒められたものではないが、四条の身体能力は香月も認めている。先月の野球の試合でも活躍を見せてくれたので、ホームレスとの戦いというより危険な作戦にも参加させようというわけだ。
「…いないみたいですね」
「居留守だろう」
そう決めつけた塩井は、勢いよく扉を引いた。
「ほらぁ、だんだん気持ちよくなってきたでしょ?いいんだよー、素直になって」
遮光カーテンを閉め切った部室では、見知らぬ女子生徒が椅子にしばりつけられ、四条に体を愛撫されていた。縛られた生徒の目は焦点を結んでおらず、口からはよだれが垂れている。
塩井が黙って扉を閉めた。
「なんだあれは」
「知りませんよ。そういうプレイなんじゃないですか」
「私は風紀委員でもないし、不純同性交遊にはある程度寛容なんだが、しかしあれはいくらなんでも…」
自身も四条に縛られたことがあるからこそ分かるのだろう。香月だって、体の一部とはいえ緊縛された経験がある。四条の緊縛を知る2人が目を合わせて、ほとんど同じタイミングで逸らした。なにを言いたいかは明白だ。
そう、四条はテクニシャンなのだ。
体を縛られるという行為を、普通の人間なら苦痛にしか感じない。だが四条の緊縛は何かが違うのだ。縛られた状態からの解放こそ最高の快感と四条は語っていたが、その快感を与える一歩手前のような状態を保ち、縄を緩めたりきつく締め上げたりを絶妙な塩梅で繰り返す。解放というゴールが目の前に見えているのに、どうしてもそこに手が届かない歯がゆさ。それが徐々に、縛られた者を妙な気分にさせていく。
全身を縛られたことのある塩井は、その時を思い出して身震いしている。もしあの日香月が助けにやって来なければ、四条の手に堕ちていたかもしれない。
そして今、新たな被害者が生まれようとしている。耳をそばだてると、かすかに甘い声が廊下に漏れてきた。
「深川はこんな部活を認めてるのか。いやらしいものは絶対に許さないという顔をしているくせに」
「ああ、あの人まあ…」
塩井は深川の本性をまだ知らない。まさか自分をモデルにエロ漫画を描かれているなど、夢にも思うまい。部室での様子やプライベートの塩井を撮って写真を送ってくれとしつこく連絡が来るが、すべて無視していた。
「どうします?お邪魔みたいですし、いったん帰りますか」
「いや、事は急を要する。お楽しみのところ悪いが、四条と話がしたい」
塩井は再び緊縛クラブの部室の扉を開いた。




