一枚のコインで家が建つ⑳
宇崎と前田、新任教師のカップルから挟み撃ちに合っている塩井は、ふるふると首を横に振った。
「なにを勘違いされてるんですか、先生方。あいにく私にそっちの趣味はなくてね」
「その割には女の子に対して思わせぶりな態度取ってないか?」
「恵ちゃん、それ、私も思ってた。この前も塩井さんが廊下で女子に壁ドンしてるの見たし」
それは一体どういう状況なのだろう。香月はこれまで生きていて他人を壁に追い詰めたことなど一度も無かったし、これからもないはずだ。
「なにそれ、聞き捨てならないな。先生として生徒の不純な行為は正してやらないと」
「ははは、宇崎先生。ストーカーが何を言ってるんですか」
「それはもう言わない約束だろ⁉」
被害者の前田が受け入れたからといって、別に宇崎の前科が消えたわけではない。香月たち事情を知る人間の間では、宇崎はいまだに変態ストーカーとして認識されている。教員の犯罪を報じるニュースが週に1回はネットで流れてくるが、そのうち宇崎も名を連ねそうだ。
「あの壁ドンはなんだったんですか?私、びっくりして声かけられなかったんです」
宇崎に代わって前田が問い詰めると、塩井は飄々として答えた。
「あれはただのクラスメイトです。彼女の髪に糸くずが付いてたもんで、取ってあげようとしたんですよ。だけどいざ取ろうとすると、光の加減でどこに付いてるか分からなくなってね。近くで見ようとして、ああいう体勢になっただけです」
「天然の女たらしめ…」
「怖い。恵ちゃん、最近の高校生怖いよ」
顧問たちが怯えている。もし彼女たちが塩井と同学年の生徒だったら、2人とも篭絡されているかもしれない。今の話を聞く限り、塩井はクラスメイトにも無意識に色香を振りまいているみたいだ。とんだ危険人物と一緒にいるのだと、香月は改めて認識した。
「誤解が解けたところで話を戻しましょう。私と前田先生の合作が浮浪者に盗まれた件です。犯人は特定済み。おそらく商店街の跡地を根城にしているホームレスです。盗まれたお金もあそこにあるはず」
「ほな警察に通報したらええやんか」
「あの、岩崎先輩。それはまずいと思います」
話を振られてもいないのに橘が発言するのは珍しい。
「なんでや?金を盗んだっていう証拠はあるんやろ」
「そのお金の出所が、怪しい募金活動ですよね…」
芸術を通して地域振興をするなどうそぶいて集めた約700枚の硬貨。もし警察に通報すれば、そのあたりの経緯も問われるに違いない。そうすれば逮捕されるのは塩井のほうだ。高校生ということも考慮して逮捕まではいかなくても、停学処分は免れないはず。橘の懸念はもっともだ。
「そうやったなあ。こいつ、適当なこと言うて金集めてたわ」
「だから警察は頼らないほうがいいかと」
「塩井、どうすんねん。橘の言う通り警察には通報できひんで」
そこまで考えていなかったのか、塩井は困ったように肩をすくめた。




