一枚のコインで家が建つ⑲
真夜中の捜査で得た結果を、週明けの部活で部員たちに報告した。塩井との合作を破壊され、あげくに盗まれたと聞いて、前田はショックを隠せない様子だった。
「そんな、あんなに頑張って作ったのに」
「葵、しっかり!」
卒倒しかけた前田を宇崎が支える。
「その盗んだやつらって、言うたらホームレスやろ?そら金欲しがるやろうし、あんな分かりやすい展示の仕方しとったら、盗んでくださいって言うてるようなもんやんか」
「岩崎。君は犯罪が起きたとき、被害者にも非があると責めるタイプだな?痴漢をされた女性に対して、短いスカートを履いているほうが悪いとか言うんだろ」
「一緒にすんなや。ウチが言うてるんはそういうことちゃうって。けどあれ、総額30万くらいあったやろ?それをなんのセキュリティーもなしに屋外展示って、そらお前も悪いわ。なんで盗まれる可能性を考えてへんかってん」
「アートを盗むなど、まともな人間ならまず考えもしないことだ。どうやら私の中の常識では、やつらの行動は計れないようだな」
「しかし香月が付いとってほんま良かったなあ。お前1人やったら今頃死んでたんちゃう?無謀にもホームレスに突っかかっていって、無茶苦茶されてたと思うわ」
ブルーシートの下で怯えていた香月を塩井が守ってくれたあの夜、幸運にも男たちに見つからずに済んだ。さすがの塩井も危険と判断したらしく、香月の手を引いて商店街跡から撤退していった。あの日の塩井は、これまでの奇行の数々をすべて許してしまえるくらいに頼りがいがあった。彼女のことを知らない人たちが抱く、美しく凛とした塩井のイメージそのもの。正直、香月が男なら惚れていただろう。いや、危うく女でも惚れそうになった。
「香月は塩井のお世話役やなあ。ええ後輩持って幸せもんやんか」
「はは…、そうですね…」
あの日、守られていたのは香月のほうなので、岩崎には曖昧な返事しかできない。いつもなら一緒になって塩井の不甲斐なさを責めるところなのだが。
「お世話役とは失礼な。これでも私は先輩だ。そして部長だぞ。なあ香月」
「ひっ⁉」
塩井に肩を組まれた瞬間、香月は反射的に飛びのいた。
「え…」
塩井は行き場を失った手を宙でぷらぷらさせながら、呆然と香月を見つめる。
「あ、違うんです。ちょっとびっくりしちゃって」
やはりあの夜の出来事が脳裏にこびりついて離れない。ブルーシートの隙間から差し込む光が照らす塩井。まるで芸術品のような美しい顔が目前に迫った時の、心臓の高鳴り。
これは断じて恋ではない。塩井に対してドキドキした事はこれが初めてではないし、絵のモデルになってもらうという約束をしたのだって、彼女の容姿に惹かれたからだ。だが決してそれ以上の感情は持っていない。持っていないはずなのに、塩井に触れられただけで体が火照ってしまった。
「なんや、喧嘩したんか?」
「し、してませんよ。何もないですから」
「橘、どう思う?うちは絶対変やと思うんやけど」
「怪しいですね。香月は今朝からずっと上の空でしたし」
「だから違うって言ってるじゃん!」
岩崎と橘がこちらを見ながら、ひそひそと話している。
「ねえ、先輩からも何か言ってくださいよ」
塩井に助けを求めたが、彼女は顧問2人に問い詰められているところだった。
「塩井さん、様子が変ですよ。香月さんとなにが?」
「そうだよ。先生たちになんでも相談してくれ」
あっちもあっちで何か勘違いをしているらしい。




