一枚のコインで家が建つ⑱
男の足音が近づいてくる。香月はブルーシートにくるまりながら、どうか見つかりませんように、と祈った。
ペタペタ、というサンダルらしき靴音が一瞬香月の真横で止まった時は、もう終わりかと思った。ガタガタ震え、声を抑えて泣いていると、塩井がそっと香月を抱き寄せた。
「大丈夫。私が守ってやる」
耳元でそう囁かれると、不思議と震えが止まった。塩井に浮浪者と戦える力がないことなど分かっている。空手を習っていたと以前に言っていたが、それだって一年で辞めているのだ。しかも相手は3人。勝てる見込みなどまったくないのに、なぜか安心している自分がいた。
塩井の胸に顔を埋めて、男が過ぎ去るのを待つ。その間、塩井はずっと香月の頭をぽんぽんと優しく叩いていた。
男はしばらくあたりを探していたが、やがて諦めたのか、その足音が遠ざかっていく。
「…行ったな。香月、もう声を出していいぞ」
そう言われても、すぐには顔を上げられなかった。塩井の前で情けない姿は見せたくなかったのに、今は涙で顔がぐしゃぐしゃだ。日頃からろくに年上扱いせず雑な対応しかしていない相手に、こんな姿を見せたくない。それにこの至近距離だ。香月の汚れた顔を、塩井の美しい顔面と向き合わせたくなかった。
なかなか香月が顔を上げない理由を、塩井はまだ怖がっているせいだと思ったらしい。
「よしよし、怖かったな。こんな危険な場所に連れてきて悪かった。香月は私が心配でついてきてくれたんだろう?まったく、ダメな先輩だよ。後輩に怖い思いをさせるなんてな」
「…ダメな先輩ってのは否定しませんけど」
「お、いつもの調子が戻ってきたな」
「…今日の先輩はちょっと、頼りになるっていうか、その、かっこいいですよ」
なぜ自分でもそんな事を口走っているのか分からない。本心ではあるが、何もブルーシートの中で密着した状態で言わなくても良かったではないか。これではまるで、吊り橋効果で塩井に惚れたみたいだ。
「ほほう、香月にしてはいやに素直だな。もしかしてさっきのあれか。あの程度で惚れるとは、なんてちょろい女なんだ。将来が心配だよ。変な奴に騙されて、結婚詐欺とかにあいそうだな」
「やっぱり今の無かったことにします」
「ダメだ。もう聞いた」
間に拳一つも入らない距離で見る塩井の顔。あまりの妖艶さに、つい眩暈がしそうになる。これが募金箱を持って突っ立っているだけで、約30万円を集めた女か。一年生たちがなけなしの小遣いを入れたくなる気持ちも分かってしまう。
なんでこの人は現代アート部などと、誰にも理解されない奇妙な活動をしているのだろう。その気になれば高校で頂点を取れるのに、日当たりのあまり良くない部室で、よく分からない仲間とともに放課後を過ごしている。それでいいのだろうか。
「もったいないなあ」
「なんの話だ?」
「いえ、なんでも」




