一枚のコインで家が建つ⑰
犯人はまだ近くにいる、という塩井の推測は間違っていなかった。
真夜中の捜索を始めてからわずか20分後、監視カメラに映っていたのと同じ出で立ちの男たちを発見した。どうせ見つからずじまいで、塩井が諦めるのを待とうと思っていた矢先の出来事だったので、香月は思わず舌打ちした。
「なんで見つかるんだよ」
「なにか言ったか?」
「いえ、なんでも」
男たちがいたのは、かつて商店街だった、今はもう使われていない廃墟のような場所だ。香月が物心付いた頃にはすでに一店舗も営業していなかったが、今ほど寂れてはいなかった。あそこは浮浪者のたまり場だから近づくな、と言われ始めたのはここ数年のことだ。女子高生2人が、それも真夜中に足を踏み入れていい場所じゃない。普段の香月なら注意していたはずだが、こんな時間に塩井と2人きりという妙な状況と眠気のせいで判断力が鈍っていた。
自分たちが危険な場所にいることに気づき、香月は慌てて塩井に耳打ちした。
「先輩、ここって例の浮浪者の住処ですよ!昼間でも近づくのは危ないって言われてるんですから、早くここから逃げましょう」
「犯人を目の前にして逃げろというのか?」
「いやだって、明らかにやばいでしょ!監視カメラで見たときからそんな気はしてましたけど、やっぱりあの人たち浮浪者ですって。髪がぼさぼさなのも服が汚いのも納得です」
「浮浪者だろうがなんだろうが、私の作品を傷つけたことには変わりない。窃盗及び器物破損でしょっ引いてやる」
「だからそれ警察の仕事なんですって」
勇ましくも、というか愚かにも浮浪者に立ち向かおうとする塩井。その瞬間、浮浪者のうちの1人がこちらの気配に気づいて振り向いた。
「先輩隠れて!」
塩井の腰を掴んで抱き寄せると、勢いあまって後ろ向けに転倒してしまった。乱雑に捨てられたトタンにぶつかり、耳障りな音が響く。
「なんだ、誰かいるのか!」
まずい、見つかる。
香月は咄嗟に落ちていたブルーシートを広げ、塩井ごと自分の体を覆い隠した。
「先輩、絶対に音出しちゃだめですよ。しーですよ、しー!」
「分かった。しー、だな」
人差し指を唇に当て、片目を閉じている塩井の顔が目の前に迫っていた。ブルーシートの中で密着しているせいで、少しでも動けばキスしてしまいそうな距離感だ。
「ちかっ…」
「君が喋ってどうする」
香月は自分の口を手で覆った。こうすれば、間違って唇が触れてしまうこともないはずだ。




