一枚のコインで家が建つ⑮
外から見て想像していたよりもさらに、家の中はとんでもなく広かった。まずなんといっても廊下の長さ。香月宅の廊下はせいぜい10歩も歩けば壁に突き当たるが、神主の屋敷に入ってすでに30歩は歩いているのに、まだ先がある。
「わあ…、これが信仰心で建てた家…」
「こら、滅多なことを言うんじゃない」
「人の娘を豚とかガキとか言った人がなにを」
「事実だろ。昔は本当に子豚みたいだったんだから」
「聞こえてるけど?」
豚の面影などなく、スラッとして可愛らしい顔のひなちゃんだが、小学生にして世を睥睨したような眼差しを持っている。
「おとうに電話したの?」
「ああ、快く家に上がるのを許可してくれたよ」
「うそ」
「ほんと」
「なんでこんな怪しい人を」
「パソコンの使用許可も出た」
「おとうのパソコンでなにするつもり?」
「実は神社に置いてた私の作品が盗まれてね。監視カメラの映像を見せてもらおうと思って来たんだ。映像はパソコンで管理されているそうだから、チェックさせてもらうよ」
人の家に上がりこむだけでなく家主のパソコンまで借りようというのだから、厚かましいにもほどがある。まあ窃盗事件の捜査のためだから仕方がないが、神主もよく許可したものだ。
ひなちゃんはしぶしぶといった感じで、父の自室へと案内してくれた。
パソコンを立ち上げた塩井は、画面の上でカーソルをくるくると動かしている。
「何もないデスクトップだな。ミニマリストか?」
「先輩のパソコンはフォルダとか散らかってそうですね」
部室をあれだけ散らかす人なのだから、デジタルのデータも整理していないだろう。図星だったのか、塩井が口を結んで黙った。
「監視カメラの映像は…、あった、これだな」
記録された映像は過去1週間分遡れるようになっている。塩井いわく、昨日までは作品は無事だったそうなので、確認すべきは今朝から今晩までのデータだ。
映像を早送りにして犯人らしき人物が姿を現すのを待つ間、ひなちゃんはつまらなそうに、部屋にある本などをいじっていた。
「こいつだ!見ろ香月、犯行の瞬間がバッチリ映ってる!」
画面に映ったのは、夜8時台の映像だ。誰もいない神社に現れたのは、くたびれたネイビーのシャツを着た男だった。映像が粗く、おまけに暗いので顔までは分からないが、髪がパーマをかけたみたいにぼさぼさしている。パーマなんて洒落たものではなく、伸び放題になった髪があっちこっちに爆発しているだけのようだが。
「不潔な人間だな。こんなやつが私の作品を盗んだのか」
小銭のモザイクアートは結構な重量があり、そのまま持ち去るには大きすぎる。どうするのかと見ていると、男は落ちていた石を叩きつけてアートを粉砕した。
「ああ、私の作品が!」
塩井が絶叫した。
バラバラになった約700枚の小銭を男が袋に詰めていると、仲間らしき人物が3人集まってきた。どうやら集団による犯行だったらしい。
「そりゃそうか。あの量を一人で持ち去れるわけないですもんね」
「うぅぅぅ…」
そこに映し出されているのは数時間前の過去であり、すでに作品は破壊されたあとだ。自身の手で犯行を止められないもどかしさに、塩井はうめき声をあげている。
「ひなちゃん、こいつらの顔に見覚えはないか?」
「ない。知らない人」
「くそう、どこのどいつだ。とっちめてやる、不届きものめ!」




