一枚のコインで家が建つ⑬
お屋敷、という言葉がこんなにも似合う家はない。香月のような庶民にとって、門から玄関まで10歩以上の距離があることが信じられなかった。
「いいとこ住んでますね、神主さんは。庭に生垣なんか作っちゃって」
「オリジナルのお守りが結構売れてるみたいでな。それを買いに来たついでに賽銭も集まるし、地元からの寄付金もたんまりあるんだとか」
「いいなあ。私も神社建てようかな」
「なら私が巫女を務めてやろう。いい客寄せになるだろう?」
巫女装束の塩井は正直ちょっと見てみたい。凛とした佇まいと墨を流したような黒髪は、さぞかし巫女と相性がよさそうだ。
塩井がインターホンを鳴らしたが、返事がない。もう時間も遅いし、寝ているのだろうか。
間髪入れずに2回目、3回目の呼び出し音を鳴らす塩井。
「ちょっと迷惑ですって。多分神主さんお休み中ですよ」
「バカな、金曜の夜だぞ?そんな早寝するわけないじゃないか」
「私たち高校生とは違うんです。ていうか神社に平日も休日もないでしょ」
なんなら土曜のほうが客入りが多く、忙しくなりそうだ。
「しかし私の作品を盗んだ犯人を特定しないと。このモヤモヤを引きずったまま土日を過ごせというのか?」
そういいながら塩井は4度目のインターホンを鳴らした。
「なんだ、留守か?困ったな、こっちは非常事態だというのに」
「もう諦めて帰るしかないですね」
「くそっ、こうしている間にも犯人は野放しにされているんだ。また新たな被害が出るかもしれない」
まるで難事件を追う警察が、ぎりぎりのところで犯人に逃げられたような口ぶりだ。
人の家の玄関先に座り込む塩井を引っ張って帰ろうとしたその時、突然扉が開かれた。
「なに…こんな時間に。うるさいなあ。ん、お姉さんたち誰?」
眠たそうに目をこすりながら現れたのは、寝間着姿の少女だった。おそらく小学校高学年くらいの年齢だ。この家の子だろうか。
香月は屈みこんで少女と目線を合わせた。
「ごめんね、起こしちゃった?私たち怪しいものじゃないんだよ。神主さん、えっと、君のお父さんかな?その人に用事があったんだけど、多分もう寝てるよね」
「おとうならまだ帰ってないよ」
「あ、そうなんだ。それじゃまた日を改めて来るね。お邪魔しました。はい先輩、行きますよ。神主さん留守ですって」
「待て。今おとうと言ったか?君はまさか!」
少女に手を振る香月を塩井が押しのけた。
「いった!なんすか、もう帰るって言ってるでしょ!こら先輩!」
年端もいかぬ少女に絡みに行く塩井。また新たな事件の香りがする。




