第三話:愚かなる来訪者たち
そんな穏やかな生活が半年ほど続いたある日のこと。
結界の外から、騒々しい足音と声が聞こえてきた。
「見なさい、結界が解けているわ! やはり、お父様の言う通り、邪神は衰弱しているのよ!」
その甲高い声には聞き覚えがあった。
妹のセリアだ。
彼女は、王国の誇る『勇者パーティ』を引き連れ、武装してこの領域に足を踏み入れてきたのだ。
「あの無能なリアナが生贄になってから半年……邪神の瘴気が森から消えた。今こそ、弱った邪神を討伐し、私が王国の英雄になる時よ!」
どうやら、ノア様が畑仕事に夢中になるあまり、外に漏れ出していた余剰魔力(瘴気)を無意識に抑え込んでしまったため、人間たちは「邪神が弱った」と勘違いしたらしい。
彼らはノア様が丹精込めて育てたお花畑を、軍靴で無残に踏み荒らしながら近づいてくる。
「あああ! ノア様のお花が!」
「ん? なんだ、騒がしいな。……チッ、また人間どもか。俺のトマト畑に足を踏み入れたら、ただじゃおかねえぞ」
ノア様が不機嫌そうに眉をひそめ、小屋から出てきた。
その背後から私も顔を出すと、妹のセリアが目を丸くした。
「リ、リアナ!? あなた、生きていたの!? 邪神に喰われたんじゃなかったの!」
「セリア……。ノア様は人を食べたりしないわ。ここはとても平和な場所よ。お願いだから帰って」
「はっ! 邪神に洗脳されたのね、可哀想に。勇者様、あの邪神を殺して、ついでにあの無能な姉も始末してくださいな!」
勇者と呼ばれた男が剣を抜く。
しかし、ノア様は全く動じることなく、冷たい赤い瞳で彼らを見下ろした。
「おい。お前ら、今俺の大事な花壇を踏み荒らしたな?」
「ハッ、弱り切った邪神が何を――」
「『神威』」
ノア様が一言呟いた瞬間。
世界が、凍りついた。
空が瞬時に漆黒に染まり、大地が震える。
ノア様の体から、先ほどの温厚な姿からは想像もつかないほどの、圧倒的で絶望的な魔力が立ち上った。
それは、かつて世界を震え上がらせた『真の邪神』の力。
「ヒィッ……!?」
「ば、馬鹿な!? 弱っているはずでは……ッ!」
勇者も妹も、その場にへたり込み、ガタガタと震え出した。剣は手から滑り落ち、彼らは息をすることすら忘れたように蒼ざめている。
「俺はただ、静かに土をいじって暮らしたいだけだ。……だが、俺の平穏と、俺の大切なリアナを脅かすというなら、五百年ぶりにこの世界を更地に戻してやってもいいんだぞ?」
地を這うような低い声に、勇者パーティは悲鳴を上げて逃げ出した。
這うようにして森の奥へと消えていく彼らの背中を、ノア様は冷ややかに見送った。
「……ふん。逃げ足だけは早いな」
ノア様が指を鳴らすと、空は元の青空に戻り、踏み荒らされた花壇も、瞬く間に元通りに再生した。
「ノア様……」
「すまない、リアナ。怖い思いをさせたな。……お前の家族だったのに、あんな脅し方をして」
ノア様は、いつもの優しい目に戻り、申し訳なそうに私の頭を撫でた。
「いいえ。あの人たちは、もう私の家族ではありません。私の帰る場所は……ここだけです」
「リアナ……」




