第2話:ものは試し
わたしは、人を好きになったことがない。
勿論、恋愛的な意味でだ。
高校生になったら自然と恋をして、彼氏ができるものだと思っていた。でも全然何もないまま、高校を卒業し、大学を卒業した。
男性に告白されることは何度かあった。好きでもない人と付き合おうか、迷ったこともあった。
しかし、
「きっと自分には運命の人が現れていないだけだ」
そう思って恋愛経験がないまま社会人になってしまった。
最近のわたしは、すっかり恋愛を諦めてしまった。職場の男性も恋愛対象ではなく、ただの仕事仲間として接してしまっている。最近は告白されることはなくなってしまった。
「わたしは、一人で死んでいくんだろうなぁ」
「・・・ユキ死ぬの?」
ファミレスの4人テーブルで、向かいの女の子が答えた。
街で声をかけられて連絡先を交換した1週間後の今日、こうしてファミレスでわたしの絵を描いてもらっているのだ。
絵を描くならば、河川敷かなんかでキャンバスを立てて、絵の具で描くのかと思っていた。思ったより、何というか、雰囲気のないところで描くものだ。
わたしが絵のモデルであるから、彼女はわたしと向き合って、ちらちらとわたしを見ながら、慣れた手つきで鉛筆を走らせている。今日の彼女も髪がさらさらとしていて、いい匂いがしそうだ。
今日は駅で待ち合わせをした。駅の改札から出てきた彼女は、この前とは打って変わって綺麗であった。というかこの間は、パーカーにズボンといった、コンビニにでも行くような格好だった。だから今日の女の子らしい可憐な服は、特段輝いて見えた。髪もさらさらだし。
「あ、ごめん。口に出ちゃってた?」
「出ちゃってたよ。何考えてたの?」
ふふっ、と笑いかけてくる。かわいい。
「別に、、大したことじゃないけど。結婚とか出来ないんだろうなあって」
「そんなー。ユキかわいいから、結婚し放題でしょ」
そう言いながらも彼女は絵を描く手を止めない。ユキというのはわたしの名前である。絵を描いているのがムギ。
ちらちらと見える絵への真剣な眼差しを見て、ああ、芸術家志望というのは本当なんだな、と思った。たわいもない話をしているのに顔だけ真剣なんて、なんだか面白い。
「ムギは?もしかして結婚してたりするの?」
「わたしはまだ結婚とかはいいかな。子供は好きだけど」
「あ、分かる」
彼女は手をダイナミックに動かしている。絵が上手い人特有の動きだ。わたしはそれを見て、そうか、と思って脇にあるペーパーナプキンを取った。
彼女の手元にある鉛筆のひとつを無言で取り、ナプキンに絵を描いてみた。
ものは試し。
彼女の描き方を見て、ひらめいたのだ。ダイナミックに輪郭を描く。上手い人はみなこうしているんだ。
わたしはダイナミックに鉛筆を走らせた。正面にいるムギの真剣な表情を描きとめておきたかった。しかし、顔の輪郭を描いただけで筆が止まった。もうすでに下手くそな輪郭であったから嫌になった。やはりわたしに絵はだめだ。
ムギはそんなわたしの行動を気にもとめてないようだ。黙って描き続けている。
「はい、できましたよー。じゃーん」
そうこうしている間に絵が完成した。ここまで棒読みのじゃーんは初めて聞いた。
「上手っ」
ムギの手には、鉛筆で描いたわたしの絵が握られていた。
絵のわたしは窓の方を見て、遠くを見つめている。物思いに耽り、どこか寂しげな顔をしている。
「この短時間で!すごいなあ」
心からの言葉だ。わたしは昔から勉強はできる方だったが、絵はてんでダメだった。正直、興味もそれほどなかった。だが、彼女の絵はとてもこの短時間で描いたとは思えないほど繊細で、何よりもわたしにそっくりだ。
「いやー、ユキのおかげだよ。モデルがいいと、描く方も頑張れる」
「いやいや、わたし以外にもっといいモデルいるでしょう」
「そんなことないよ」
真っ直ぐな顔でそう言ってくる。まるで口説かれているかのようだ。
「はあー」
「本当。わたし、ユキの顔がタイプなんだわ」
「なっ」
なんだそれー!と言おうとして言えなかった。




