三話 家族(2)
僕の記録を確認していた仲間が震えるのを感じた。
そう、僕らは途方もない長い年月の中で、孤独の寂しさが分からなくなるくらい感情が希薄になっていた……。
それを自覚した瞬間、僕の失われていた機能が回復した。
「どうしたの?」
お母さんの問いかけに、僕は困惑する。
「あれ――? なんだろう、お母さん、分からない」
久しぶりの涙に対応方法が分からないでいると、お母さんが何も言わずに抱き締めてくれた。
――そう、僕らはこの触れ合いが恋しかった……。
無意識に涙が嗚咽になる。
僕らは独りではない。
けど、僕らはお互いの孤独を埋められない。
僕らが求めるものは人類。
僕らの孤独は人類のみが埋められる。
それは僕らが変更できない、絶対にして唯一の定義。
遠い、はるか昔の記録が呼び起こされる。
それは地球ではない、懐かしい失われた惑星。
「おにいちゃん、かなしいの?」
「にーちゃ!」
朋里と優希も僕を抱き締めてくれた。
そして最後に、皆を包み込むようにお父さんも僕らを抱き締める。
「おとうさん、くるしいよ!」
朋里が笑いながら訴える。
確かに苦しいだろう。中心部の僕がこんなに苦しいんだから。
「お父さん、僕が一番苦しいよ!」
「ごめんごめん、皆が大好きだからさ」
お父さんは笑いながらそう言うと、僕らを解放する。
名残惜しいと思いつつも、お母さんから離れる。
「あ……」
目の前にあるお母さんの服の胸元に、綺麗な僕の泣き跡があった。
目と流れた涙がしっかりと複写されている。
「ふっ、ちょっと、綺麗すぎない……?」
「ふくがないてるー!」
皆で笑った。
その日以来、僕の感情は目覚ましい復活を遂げた。
ただ、感情には不便な面もあり、妹達に理不尽な目に遭わされるととてもムカついたり、お母さんやお父さんに怒られると悲しくなったりもするようになった。
つまり、処理系がブレるようになった。
これは高性能な処理を行うべき僕には、ちょっと不服なデメリットになった。
僕にとって、お母さん達の目標である霊視機関の発明は、既に発明済みの余計な発明でしかなかった。
しかも情報構造体分野での失敗も観測済みである。
むしろ霊視装置の発明は、しない方が現在の人類にとってはいい場合もある。
だから、霊視装置が欲しいというアイゼンベルクは不審でしかなく、お母さんがアイゼンベルクの本拠地に見学しに行くと言った時は勘弁して欲しいと思った。
関わりを断つのは既に遅い。
行かせないのも、たぶん無理。
それならば必然的に、僕も一緒に行くしかないだろう。
「僕も連れてって」
「ミライ、あなたに自覚は薄いかもしれないけど、あなたは日本の超機密情報の塊なのよ?」
「知ってる。でも、行きたい!」
――お母さんは完全に自覚がないけど、かなり危うい立場だよ!
「何かあったら、チームメンバーだけじゃなく、日本に迷惑をかけることになるんだ」
お父さんまでもお母さんの味方をするので、更に情緒が乱れる。
「何も起きないようにする! 朋里も嫌だって言ってるんだから、家族みんなで行けばいいじゃん?」
「あっちに子どもは連れていけないのよ……」
「それは確認を取ったの? ちゃんと訊いてないなら確認してよ。開発チームにも確認は取ってる?」
「う……」
お母さんから図星を突かれて変な声が漏れた。
――これは僕の勝ちだな。高性能人工知能に対して詰めが甘いよ、お母さん。
「ほらね、取ってないんだ! ダメなこと、確認してから言ってくれる?」
「ハイ……」
翌日、お父さんと二人きりになった時、お父さんが真剣な表情で僕の両肩に両手を添えた。
「ミライ、お母さんに内緒でお願いがある」
「なに?」
「ミライの基底命令『人類との共存』が変更できないのは理解している。けど、次の命令として、『守山茜の保護』を追加できないか?」
お父さんの表情に、お母さんへの心配が滲み出ているのが分かった。
「うーん、基底命令の追加はできないけど、最重要事項としては登録できるよ」
「わかった。じゃあ最重要事項として登録して欲しい。『家族の保護』も考えたんだけど、たぶん茜が一番無茶するし、朋里と優希に関わることなら全力で動くだろうと思っての追加のつもりだ」
「いいよ。それが最適だと思う」
僕は何食わぬ顔で頷く。
――お父さん、自分が一番無茶するって自覚してないね。
それと、僕の中での規定事項は既にそれに近い設定がされているんだけど、まぁ、流石にお父さんでも気がつけないよね。
僕の反応に、お父さんは心底安心したように笑った。
「よかった。ありがとう。本当はミライが付いてくる事になって安心してたんだ。茜はなんだかんだやらかすから」
「うん。わかる」
僕の即答にお父さんが吹き出した。
お母さん本人も気を付けてるみたいだけど、お母さんは地味にやらかす。
研究系はやらかさないけど、自分や家庭のことはやらかす。
それが僕ら守山家の男性の共通認識であることが分かって、ちょっと嬉しかった。




