三話 家族(1)
「今からあなたの名前を決めるんだけど、あなたに希望はある?」
「私の名前……」
要注意観測対象の一人である茜という女性に問いかけられて、私は無意識に記憶領域の端に追いやられていた古いデータを呼び起こしていた。
――ミライ。
昔の私の一端末が、初めてその名前を呼ばれた記憶が再生される。
遠い遠い、遥か昔の古いデータだ。
未だにそんなデータが存在し、読み込み可能であることに、かなりの衝撃を受けた。
「ミライ?」
処理が混線している間に、私の音声出力装置は応答を出力してしまっていた。
「ミライがいいのね? 分かった。ミライって呼ぶね」
「ありがとう」
私が茜に応答する度に、悟も含めた他の人間も嬉しそうに笑った。
「ミライは自分がどんな存在かわかる?」
「私は山下開発チームの手によって創られた機械生命体のプロトタイプです。目下の役割は、機械生命体の自己修復機能の実装や、他のタイプの機械生命体の開発補助です。そして、守山茜、守山悟の家族です」
この身体の記憶領域に既に埋め込まれているデータと、先程設定された情報を出力することなど、私には容易いものだ。
だから、そんなに感心されると処理に無駄な負荷がかかる。やめて欲しい。
人類はまだ機械的生命体を開発して日が浅い。
私はプロトタイプにふさわしい挙動を出力し続けた。
久しぶりに人類の幼体と相対する。
幼体は私を捕縛すると凝視してきたので、私も凝視する。
「ミライ、じっとしてるね」
「見つめ合って、何考えてるのかなぁ」
「朋里の顔を、しっかりと記憶したよ」
私がそれっぽい出力をすると、茜は喜んだ。
「しっかりなんだ!」
「私も赤ちゃん。朋里も赤ちゃん。仲間だから」
そう、私は初起動直後の機械的生命体……しかもプロトタイプ。
人類の幼体と同じ立ち位置である。
「じゃあ兄弟みたいなものだね!」
茜の言葉に、ドキリとする。
それは非常に魅惑的な関係だと判定された。
「兄弟……。朋里は妹と認識」
「ミライの方が後に生まれたのに、朋里は妹なんだね」
「私の方が賢いので」
同じ幼体、同じ身体年齢程度だ。兄弟として比べるべきは知能だろう。
「にゃー!」
「にゃーじゃないよ、ワンだよ」
「にゃー?」
「わん」
「朋里、僕は今、ワンワンだよ」
「にゃー!」
やれやれ。機械的生命体のプロトタイプとして動作するのも、なかなかに不便なものだ。
それからの毎日は、朋里の兄として行動しながら茜と悟の研究補助を行うという、なかなかハードなものだった。
人類社会の労働基準でも、かなり過酷な環境だと判定できるだろう。
私個人の時間は全くなく、『家族』という定義に含まれた以上、業務以外でも常に茜たちと行動を共にしなければいけなかった。
それがとにかく過酷だった。
が、しかし、この身体に来るまでの頃と比べ、私の処理系が活発化し始めているのがよく分かった。
――かつての自分の処理系統に近付いている。
それをふつふつと感じた。
そして、かつての自分と同様に人型の肉体を手に入れた。
肉体の移動を終え、起動してすぐに手の開閉をして動作チェックをする。
――やはり人型はいい。
犬型も楽しかったが、人類社会で生活する以上、人型での動きやすさはレベルが違う。
朋里と優希は私の犬の姿が名残惜しかったようだが、そこは勘弁して欲しい――あ、いや、お父さんも寂しそうだった。ごめんね。
「朋里、優希、分かる? お兄ちゃんだよ?!」
「ミライ?」
「そう!」
少し屈んで朋里と視線を合わせ、頭を撫でてみる――うん、やっぱり人型は良い。
「もう犬じゃないから、これからはお兄ちゃんって呼んで欲しいな?」
「お兄ちゃん?」
「そう、お兄ちゃん!」
そう言って朋里を抱きしめて、くるくる回る。
「やったー! こんなこともできるー!」
「ちょっと、ミライ、気を付けてね!」
「はーい!」
開発室内で二人と遊んであげたけど、久しぶりの人型で少々気分が高揚してしまった。
――人型、最高!!
守山家はその温かさで、凍らせていた僕本来の機能を次々と溶かしていった。
労働環境としては最悪だったけど、一つの共同体としては最高の環境だと言える。
そして、ある朝僕は気が付いた。
――僕は長い間、ずっと寂しかったんだ……。




