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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
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34Carat Credo~クレド part2

「ワタシは少しこの村に用がある。絶対に、この教会から離れないことだ。」

「私は着いて行っちゃいけないんですね…何でですか?」

「ワタシはもともと、ツレを率いて行動するのは好きではない。それだけだ。」



不機嫌そうにそっけなく答えたエウラリアは、百合をその場に残して行ってしまった。




二人は今日の午後、この村にたどり着いた。

そして、百合の休憩のために立ち寄ったのだった。



「基本的には……不機嫌そうだし、そっけないよね。」


ぽつんと一人、村の教会に残されることになった、百合。


「ギギギ……」


傍らには、彼女の見張りとして双頭の巨大な怪蛇、アンフェスバエナが鎮座している。百合は教会の入り口に続く階段に腰かけると、こちらに二つの首を伸ばしてくるアンフェスバエナの口元を撫でる。


「よしよし。」

「ギギ!」

「うふふ!膝においで!!」

「ギギシァ~~~♪」


不気味な鳴き声を上げるアンフェスバエナの片方の首を、可憐な少女が膝にのせて撫でる。なんとも異様な光景だ。


それに目がいったのか、百合の目の前に、一人の幼い少女が立ちすくんでいた。


「……あれ?どうしたの?迷子になっちゃったの?」


百合はアンフェスバエナから手を離して、その少女に視線をやった。

少女は首を振っている。


「…?」


どうしたことか、その少女は瞳を輝かせてこちらを見ているのだ。


「じゃあどうし――――」



――「すっごーーーーーいっ!!!お姉さん、おっきなファミリアを連れてるんだね!」




「じゃあどうしたの?」という、百合の声を遮って、少女はアンフェスバエナに駆け寄って行った。

しかし、

――「シャアアアアアアアァァッ!!」

「きゃっ!」


アンフェスバエナは牙を向いて、少女を威嚇した。


――「止めてっ!!」

百合は両手を広げてそれを制する。

すると不思議なことに、


「ギギ……」


アンフェスバエナは大人しく口を閉じて、少女から身を遠ざけた。


「はぁ…良かった。」

百合はホッと一安心すると、その幼い少女を立ち上がらせる。


「大丈夫?ごめんね…たぶん、いきなり近寄られて、びっくりしちゃったんだと思う。」

「うん……ごめんなさい。お祈りに来たら、すっごく珍しいファミリアを連れた妖精のお姉さんが居たから、気になったの。」

百合は、今自分が妖精族の気配を、魔法薬で、身に纏っていることを思い出す。


「……お姉さん?」

「あっ……ううん!何でもないよ。」


魔法を使うような状況になったらどうしよう、と、なんとなく彼女は冷や冷やする。少女は小首をかしげたが、すぐに、楽しそうに話し始めた。


「お姉さん、よそから来たんだよね?見かけない顔だもん。」

「うん!えっと……私のお兄さんとこの村に立ち寄ったんだよ。」



「そうなんだ!




じゃあ―――イレール様の『せきひ』を見に来たの?」



少女はニコニコしながら話す。


「イレール様の力が込められてるから、すっごく、光の力にあふれてて、その加護を求めてやってくる人が多いんだよ!お姉さんもそのために来たんだよね?えへへ!あたしもいつかリュミエール修道会に入って、イレール様やリュシー様のような立派な白魔術師になるの!二人は白魔術族の誇りなの!」



―――「………え?」



「…ん?お姉さん?」


突然聞こえた名前に、百合は胸がドキリとするのを感じた。



『イレール』という名前の部分だけしか、耳に入ってこなかった。

彼女が認識できたのは、少女が発した言葉の内、その名前の部分だけ。



百合は首に下げたロケット・ペンダントをギュッと握りしめる。


少女は、百合の様子をあまり気にしていないようで、

「お姉さんがびっくりして固まっちゃった!」

と言って、百合のスカートを掴んだ。


「一緒に行こう!あたしもそこでお祈りしたい!」


「ギッ!?ギギーーーーーッ!」


―――「……あっ!―――きゃあっ!」


フッと、百合が我に返った時には、いつの間にか、少女と駆けだしていたのだった。

焦ったように、アンフェスバエナが後ろをついて来ている。



――「ほらっ!ここだよ!」


「良かった……あんまり離れた所じゃなくて……」


「ギギギギッ!」


百合が連れられたのは教会の裏手だった。アンフェスバエナは怒ったように幼い少女を睨んでいるが、ここならエウラリアもすぐに気づくだろう。


――「あ……」


百合は小さく声を上げて、目の前の石碑に近寄って行った。

そっと、その石碑に手を触れる。

透明度の高いブルー・サファイアで彫られたその石碑は、神秘的な雰囲気を放つ。

触れた手のひらからは――心地よい思いが心に流れる感じがした。


すぐ隣に、イレールが居るような気がする―――



「これね、教会で歌ったりするんだよ。修道女ルイーズ・ディ・マリラック様の依頼を、ぜひにって、イレール様が作詞の依頼を引き受けたの!」



――ポロ……


「わ……っ!お姉さんっ!!どこか痛いの!!?」



百合の瞳からは一筋の涙がこぼれた。

彼女はそれを手で拭って、少女に笑ってみせる。



「……大丈夫だよ。お姉さんね……今すごく会いたい人がいるの。


 でも…訳があって……もう会えないかもしれなくて。

 ここに来たら…その人のことを思い出してしまったの……


 ちょっと寂しくなっちゃった……」


「お姉さん……」


少女は動揺したように百合を見上げたが、「ちょっと待ってて!」と言ってどこかへ行ってしまった。


 百合は瞳にたまった涙を袖で拭い去ると、その碑文に目を通した。



~~~~~~


世界を照らし覆うのは、光と闇


闇は悪ではない   光は善ではない


共に相反する 二つの真理


明度と彩度で、世界は彩られる――――



夜の安らぎの闇に身を横たえよ 光の快楽には飲まれぬべき




救いの光に人は助けられ  闇の影に人は怯え、洗練されん


闇は光に、光は闇に 是正されし 彩の世界――――



              Hilaire(イレール) Lautlèse(ロートレーズ)




(読めないな……なんて書いてあるんだろう。)


この世界の言葉で書かれているその碑文は、彼女には読むことができなかった。




―――「あの場を離れるな!と言っただろう……!」



「……!ごめんなさい、エウラリアさん……」


 いつの間にか、エウラリアが百合の傍らに立っていた。冷やかに言った彼は、アンフェスバエナに、さらに冷たい視線を注ぐ。


――ギロ…


「オマエが着いていながらどういう事だろうなァ……?


―――さっさとそれを持って消えろ!!」


ビク…ッ!

身を震わせたアンフェスバエナは、そそくさと、エウラリアがこの村で買い揃えた物らしい包みをくわえて、消えた。



「チ…!」と舌打ちしたエウラリアは、百合に向き合う。


「こんな裏手で何をしていたというのだ?こんな辺境の村、さっさと出発するぞ。」

不機嫌そうに眉を寄せたエウラリアは、百合が見つめていた石碑をチラリと伺った。


途端―――


―――「――――ッ!」



エウラリアの顔色が変わった。


「これを書いた…のは……ヤツだと…いうのか………?…ッ……



ヤツは黒を………認めていた…だと………?」




彼の声は、僅かに震えている。



「エウラリアさん………?」



「………それでは……ッ…ヤツを憎み切れない……


ワタシを突き動かす大きな憤怒……

それが…これによって、消えかかってしまう………」



動揺と絶望が混ざったような顔をして、エウラリアは頭を押さえた。



「ダメ…だ…!それでは……!!

 こんなことなど知りたくなかった………!!



この命など要らない…幾らでもくれてやる…ッ!!!


この身がどうなろうとも……!!

如何なる背徳にまみれようとも……!!


ワタシは……!


何を痛めようとも……!!

何を犠牲にしたとしても……!!


――――――成し遂げなければッ!!!」




吠えるように言い捨てたエウラリアは、激しく頭から手を離した。



「エウラリアさん!!」


「……ハァ…ッ…ハァ……」


苦しそうに肩で息をするエウラリアは、その場に片膝をつく。


「大丈夫ですか!?」


――「……くッ…!触るなっ!!」


「きゃあっ!」


―――ドンッ!!


心配して肩に手をやってきた百合を、エウラリアは激しく払いのける。彼女は勢いよく地面に投げ出され、全身を打った。


「……あ……う………」


エウラリアの目に、痛みに表情を歪める百合の姿が映る。

「…………チ…!」

彼は胸を押さえて、辛そうに立ち上がった。

大きく息を吸って、呼吸を整えると、瞼を閉じる。


そのまましばらく、

感情を押しとどめるかのように、目をつぶったまま、彼は天を仰いだ。




――「……ハァ…」

 次に目を開けた時には、彼は悔しげな表情を浮かべていた。

そして、百合のもとへ、ゆっくりと歩み寄る。

彼女は地面に座り込んで、痛みをこらえながら下を向いていた。

彼はその隣へ屈みこむ。

「………悪…かったな。」

そう、悔しさのにじみ出た口調で言ったエウラリアは、百合に肩を貸して助け起こした。


「……いいえ。」


百合は寂しそうな微笑を浮かべて、そう答える。百合は立ち上がった瞬間、体の痛みが消えるのを感じた。エウラリアが治癒術(ヒーリング)を使ってくれたのだと、すぐに分かる。


「これは…イレールさんの碑文なんですよね……?」

「あぁ………。」


恐る恐る尋ねる百合に、エウラリアはそっけなく答えた。


「荒れてしまったのは詫びるが……

 所詮、オマエには関係のないことだ。行くぞ。」



――「―――っ!」



百合は去って行くエウラリアの背中に、思わず叫んだ。



「私はあなたを助けたいんです!


ちゃんと教えてくれないと…私はあなたに何と声をかけたらいいのか、何をしたらいいのか…分からないんですよ………!!」




しかし、エウラリアは歩みを止めただけで、振り向いてもくれない。



ただ一言、



「いまさら……引き返すことなど、できない。」


吐き捨てるように悔しげな声が、小さく返って来ただけだった。



――――――――――



 村を跡にした二人は、夕暮れの森の道を、お互いに無言で歩き続けていた。

百合は悔しさと寂しさの入り混じった表情で、前を歩く、エウラリアの背中を見つめ続ける。


(やっぱりあなたは……こんなことすべきじゃないです………)


そんな百合の耳に、


―――「お姉さーーーーーーーーんっ!!」


と、呼ぶ声が聞こえてきた。

彼女が驚いて振り向くと、そこには、こちらに向かって走って来る、あの少女の姿があった。


エウラリアもそれに気づいたようで後ろを振り向く。


「どうして着いてきたの!?」


百合も少女のもとに駆け出し始める。


「お姉さんに元気出してほしかったから、これあげようと思って!!気配を追って来たの!」


あどけない少女が手に抱えていたのは、白百合の花束だった。

それを見て、ふふっと微笑んだ百合だったが、


―――少女の背後に見えた影に、表情が凍り付く



――「グルゥッ!!ワォーーーーンッ!!!!」



少女の身長をゆうに超えるブラック・ドッグが、少女に牙を向こうとしていた。


「チッ……追って来たか!」

エウラリアは素早くレーヴァテインを引き抜き、駆け出す。



―――「――――!危ないっ!!!」



黒い影が飛び上がった瞬間、

百合は少女を抱き込んだ。



少女の抱えていた白百合の花が、散らばっていく―――




――――背中に、冷たい痛みが走った――――




「きゃああああああああああっ!!!」




百合の悲鳴が、エウラリアの耳に届く―――


エウラリアは目を見開いて

片腕を伸ばした―――




他をかばい、倒れていく者―――



――ドクンッ!


彼の脳裏を、残像がかすめた




―――届かない手


   血に染まっていく純白のドレス――――




   倒れていく、心を許した相手――――






エウラリアは――――苦痛に顔を歪めた



「百合ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」




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