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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
88/104

34Carat Credo~クレド part3 last

バタリ……

百合は少女を抱き込んだまま、地に倒れた―――



エウラリアの瞳が


紅く―――



――――吊り上がった



「キサマァァァァァーーーーーーーーーー!」


―――(ざん)ッ!!


 エウラリアは鋭く、ブラック・ドッグを切り捨てる。


――「うわああああああっん!!!

少女は泣きながら、倒れた百合の下から身を起こす。


ギロ…ッ!


エウラリアは冷たく吊り上げた瞳を、そのまま少女にぶつけた。

「あぁ……う…ぅ……」

少女は身を震わせて、目の前の黒魔術師に恐怖する。

張りつめる空気の中、エウラリアは、


百合をそっと、横抱きにして抱えた。



―――――「失せろ」




横顔のまま、少女に射抜くような視線を刺す。


――ビクッ!

「きゃあぁーーーーーーーーっ!!」

少女は弾かれるようにその場から逃げて行った。



―――「や……めて…………リ…ア…さ……ん…」


――「――――百合っ!」


 ハッと我に返ったエウラリアは、焦ったように下を向いた。

もう、そこに、不気味な面持ちはない。



弱々しく、青ざめた微笑が彼の目に入った。

「………ッ…」

エウラリアは、苦しげに下唇を噛む。


百合は、なおも穏やかに微笑んで、消え入りそうな声で彼に語り掛ける。




「……エウラリア…さん……みたいな…人が……憤怒に……のまれ…ちゃ…



 ダメ……で……す……―――」



そして、


そのままガクリと――彼女は気を失った。


「………。」


エウラリアは俯いて、前髪に瞳を隠した。

黒い魔法陣が彼の足元に出現して、うねる闇が彼を包む。





―――「……ワタシは…どうすれば良かったのだろうな…」




そう言い残して、エウラリアは百合とともにその場から消えた。





―――――――――――――



――ちゃぷん……



 百合の半身が水に沈み、岸辺に頭が横たえられている。

彼女が身に纏っている、白い寝巻が、清らかな水の中で揺らめく。


少女は、丸二日間―――眠りについていた。


安らかに瞼を閉じた彼女が横たわっているのは、森の中の美しい泉。


清水が地下からふき出す音、鳥の鳴き声が清らかなその場所は、ただ一匹、アンフェスバエナという双頭の怪蛇が、彼女の頭近くに、身を寄せているほかは、その場所に見合う神秘的な魔法生物達が集まって来ていた。


皆、不思議そうに彼女を遠くから見つめている。


すると、その中に居た、額にルビーの宝石を持つ、カーバンクルが、リスのようにチョロチョロと動き回りながら、彼女の頬をつつきにやって来た。


つん!


と、一度鼻先で少女の頬をつつく。

――カーバンクルは何かを見つけたような、嬉しそうな顔をした。


きゅう!と鳴いて、彼女の頬に頭をすり寄らせる。

しかし、少女は目を開けてくれない。


カーバンクルは寂しそうに、耳を下げた。


ピクッ!

でも、すぐに、近づいてきた物音を拾う。

カーバンクルは、ゆっくりと上を見上げた。



そこには、らせん状の角を持つ白馬が居た。


彼も不思議そうに少女を見下げていたのだが、白い尾を一度揺らすと、泉に近寄って、その角を泉に浸らせた。


その瞬間、泉が白く輝き、静かに水面が波打った。


――ちゃぷん……


白馬は角を泉から離し、自分も少女の傍に体を横たえる。

まるで、眠りにつく少女を見守るかのような、優しい眼差しを向けていた。


それを合図に、

―――周囲に居た魔法生物たちも、少女の傍に近寄って身を寄せた。







――――「――――――百合ちゃん………


     ねぇ………………百合ちゃん…………」



百合はまどろみの中―――自分の名を呼ぶ声を聞いていた。



ハッと目を開けると、何もない真っ白な場所に立っていることに気づく。

そこは温かくて、光に満ちていた。



「百合ちゃん……」



また、名を呼ぶ声がする。


その声は女性の声。優しさのにじみ出た、柔らかい声。



「…………だれ?」


百合がポツリと尋ねると



―――ポワアアァ……ッ!



――――――――目の前に光が広がった


「きゃっ!」

眩しくて、たまらず目を閉じる。



――「初めまして……。

初めましてだけど…あなたのことはよぅく知っているわ…」


優しい声が、すぐ正面で聞こえた。



 恐る恐る百合が目を開けると、

―――純白のチュールドレスを身に纏った、美しい女性と目が合った。



「うふふ……想像通りの子ね。」


女神のような微笑みで、その女性は笑う。


 華奢な背中に、毛先にゆるく癖のある飴色の髪がなびいて、腰以上に長く伸ばされている。華やかに着こなす、チュールドレスの胸元には、紅い情熱のルビーのブローチが輝く。滑らかな肌に、咲き誇る桜のように艶やかな唇、長く揺れる睫毛、


そして――優しさを秘めたブルー・サファイアの瞳。


その面持ちはまるで―――



「………イレール…さん?」



「あら…?――うふふ!違うわ!でも、いい線いってる!!あの子、女顔だものね!」


真剣そうに瞳を揺らす百合の言葉に、その女性は愉快そうに笑って返す。


お腹を押さえて「あはは!」と、笑っていたその女性だが、不意に、百合をまじまじと見つめていたが、そっと、顔を近づけてきた。


ふわっと……華やぐ、優しい匂いが鼻をかすめる。



「な、なんでしょうか……?」


百合はうっとりと見とれてしまいながら、ドギマギして尋ねる。


「…ふふ、ごめんなさい。確かにあの子が好みそうな子だわ……あんなにゾッコンになっちゃうのも、無理もないわね。それにしても…!あの子の将来が心配でならなかった、あの頃が懐かしいわ……!一生、独身で貫くんじゃないかと、本当に心配だったあの頃が……!」


なぜか、その女性はしんみりと胸に手を当てた。


百合は戸惑ったように「あの……」と、口を開こうとした。


しかし、

―――「待って……」

と、その女性に制される。




その女性は、口元に突き立てた人差し指を解くと、


昔を懐かしむように天を仰いだ。



「懐かしい気配……あなたは何も変わっていないわ。冷たさの中に秘めた…愛情深さ。また再び出会えたら、どんなにいいかしら。いいえ……あなただけじゃない、フェリクスに。そして、皆に………」



「フェリクス………!」



百合は―――

その女性が誰であるか、察しがついて、ハッとした顔で彼女を見つめた。


「………」


彼女は寂しそうな瞳で、百合を見つめ返す。



「今日私と会ったことは……エウラリアには言っては駄目よ…

 惑わせてしまう。

それでも成し遂げなければと…さらに、心を痛めさせてしまう……


さぁ、行ってあげて、彼のもとへ……



あなたしか…


 皆を救えるのは………百合ちゃんしか…いないの……」



――ポワ………ァ…!

彼女を再び光が包み始める――――



―――「私も………力を貸すわ…………」






「待って!!




――――――リュシーさん!!!」



最後に、優しげな微笑を浮かべた――リュシーは、光と共に消えていった。






―――フ……

と、百合は目を開けた。


「―――わっ!!」


――もごもご!


 彼女の目覚めに、周囲に身を寄せていた、魔法生物達が嬉しさの余り、すり寄った。


「きゃっ!くすぐったい!どうしてこんなに集まってるの!?―――きゃあ!ホ、ホントにくすぐったいから止めて……!」



百合はなんとか半身を起こすが、


――ちゃぽん……っ!


「……な、なんで泉に……」


自分が泉に浸かっていることに気づく。



――「そうだ!私、背中に怪我をして!」


頭が一気に覚醒して、百合は背中を見る。

しかし――


「あれ……?痛く…ない。」


ブラック・ドッグに食らいつかれた背中は、何事もなかったかのように、癒え切っていた。




―――「……起きたな。」


「………!」


スタッ!と、誰かが着地した音のしたほうに視線を向けると

――そっけない顔をしたエウラリアが、立っていた。



「きゅうーーーーっ!!」


彼の登場に、魔法生物達は蜘蛛の子を散らすように、逃げ去った。

だが、角の生えた白馬は逃げてはいなかった。それどころか、百合の前に立ちふさがって、エウラリアを睨みつけている。


「違うよ!この人は私の敵じゃないよ!」


百合は慌てて叫ぶ。ユニコーンは後ろを振り返って百合を見つめたが、しぶしぶ、威嚇の姿勢を解いた。

エウラリアは不敵に笑って言う。


「感謝するぞ、ユニコーン……。ワタシの治癒術だけでは、その小娘の傷を塞ぎきれなかったのだ。清らかな乙女の前では従順になる、キサマの癒しの力…噂通り強力なものだな。」



白馬――ユニコーンはエウラリアをもう一度睨みつけると、

タタッ!と駆けだして、行ってしまった。


その場には、二人と、アンフェスバエナだけが残される。



 エウラリアはフン…と小さく鼻を鳴らすと、百合に向かって手を差し伸べた。



「……立て。病み上がりの小娘を歩かせてもろくなことはない。今日はオマエを部屋に迎えて、終わりだ。」


「……ありがとうございます。」



百合はその手を優しく取って立ち上がる。


その手は、エウラリアの方からすぐに放されたが、百合は、彼の手が震えていたことに気づいた。



――「……………。」



(リュシーさん……私にしか皆を救えないって…どういうことですか……?)




 その夜。


 ベッドに横たわった百合は、部屋のドアがノックされる音で目が覚めた。

廊下の明かりが、ドアの隙間から零れている。



―――「……起きているのだろう?」


 ドア越しにエウラリアが話しかけて来て、百合は「はい…」と答える。



カチャ……



ドアを開けると、ラフにシャツを着こなしたエウラリアが立っていた。いつもは高く結い上げている、長い艶めく黒髪の結紐を解いて流している。


「なんでしょうか……?」


いつもと変わらない表情だったエウラリアは、不思議そうにこちらを見上げる百合に、


――フ…と目をつぶって、口角を上げて見せた。


(………あ…)


百合にはそれが、彼が見せる、彼本来の微笑であると、分かる。




エウラリアはその微笑を浮かべたまま、背を向けて、リビングへと百合を誘った。



「ワタシとともに、安らぎの夜を過ごさないか?

気に入っているひと時なのだ。


眠りにつくことだけが、闇の癒しではない………

麗しの調べと共に時を過ごし、夜を愛でる。


夜の闇だからこその、このひと時なのだ………



それに


……オマエに尋ねたいこともある――――」



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