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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
81/104

32Carat Kyrie~キリエ part1

 「話した通り、オマエの肉体を使い、リュシーを復活させるためには、

  ある場所へ行く必要がある……。」



エウラリアと百合は、夜の森に伸びる一本道を歩いていた。


「そこは白魔術師と黒魔術師の原点であり、終点とも言える場所だ。白魔術族と黒魔術族の魂が集う場所……。魔法で一瞬で行くことは叶わない。それを防ぐ強力な魔法がかけられている。よって徒歩で向かうしかない。」


百合は大股で歩く彼に、

「……はぁっ…はぁ……」

やっとの思いで着いて行く。返事をする余裕さえない。


「………。」

それを見かねて、エウラリアは立ち止まった。


「……は…はぁ……っ…」


百合は肩で息をして、その場に屈む。

エウラリアは仕方ないなといった表情になって、


「今日はここまでにしよう……休め。」


と言った。

そして、懐から先ほどのラペルピンを取り出した。

百合は呼吸を整えながら、その様子を見守る。


エウラリアはそのラペルピンを―――


―――ヒュンッ!



と、宙に指で弾いた。


途端、


ピカッ!!


「きゃあっ!!」



宙に弾かれたラペルピンのブラック・ルチルクォーツが光を放って、


百合は目をつぶった。



―――「目を開けろ。白百合。」


 エウラリアがそっけなく言って、百合は言われた通り恐る恐る目を開く。



「ここは………?」


そこは、見慣れない簡素なリビングだった。


白と黒で統一された室内に家具はほとんどなく、必要最低限の家具が置かれているだけ。白い壁に黒いソファとテーブル、黒いカーテン。特に目につくものと言えば、大量のCDが収納された棚と大型のオーディオ機器。そして、テーブルに置かれた香水瓶。



「ワタシが人間界で買い取ったマンションだ。空間を切り取ってある。逃げようなどと思うな。イレールの店同様、外に広がっているのは果てのない闇だ。」


「逃げたりなんてしません……」


「クク…そうか。オマエの抱く、ヤツらへの愛は相当深いらしいな。

―――ついて来い。」



 エウラリアに言われて通されたのは、机と白いベッドが置かれたシンプルな部屋。

「この部屋で休め。早朝出発する……鍵はかけない。」


エウラリアの言い方は、最後だけ、僅かに優しいものだった。


「……エウラリア…さん……?」


そのことに、気付いたときには、彼は隣の部屋のドアに手をかけていた。

すぐに、

――パタン…

ドアが閉められて、彼は行ってしまう。


(やっぱり……エウラリアさんは…本当は……優しい人なの?)



一瞬、そう思いつつも、百合はドアを閉めて、


「……う……」


その場に屈みこんでしまった。

「…えぐっ…!」

小さな肩が震え始めて、彼女は泣き始める。


張りつめていた体中の力が、抜けてしまった。

押さえていた感情が一気に溢れてきて


―――止まらなかった。




「遊園地……楽しかったですよ……イレールさん…!


あれが…最後なんて……嫌です…っ…!


もっと……もっと…イレールさんと思い出を作っていたかった………」




百合の瞳から、想いが涙となって、次々に頬を伝った。




「ごめんなさい……っ!私のやったことは………っ!


イレールさんへの……裏切りです…っ…


一度だって…たった一度だって……イレールさんは……



私がエウラリアさんのもとに行くんじゃないかって………


疑う事さえ…しなかったのに…っ




―――前っ……えぐっ……!」



百合は嗚咽を漏らして、言葉に詰まった。



「前……約束しましたよね……っ…



ずっと…イレールさんの隣にいるって………っ…!



私…あんなにうれしかったのに……その言葉を…裏切ってしまった……


許してくださいとは…言えないです……っ…


それほどのことをしたんです………!!」



おでこに残ったぬくもりが、心に刺さる。



「でも……みんなが最終的に笑えるのはこの道だと…思ったんです……!


私はイレールさんが…。本当に心優しいみんなが……


あんなに怖い顔するなんて…耐えられない…っ…!

ただ私を守るためだけとは…ちがう……



私がエウラリアさんに従えば…

みんなリュシーさんに…また会うことができます


……みんなが負った傷は…



リュシーさんが全て癒してくれる……


イレールさんも…クラウンさんも…クラースさんも…ミカさんも…陛下さんも…



………エウラリアさんも…」




―――「…………」


 エウラリアは、隣の部屋で、壁に預けていた背を前に傾けた。

少女の声に、深く耳を傾けているような姿勢だった。



百合は涙を拭いて、ゆっくりと立ち上がった。



―――「……嫌なもの…私がぜんぶ…背負います……」




―――エウラリアは、

長い黒髪で、うつむいた顔を隠したまま―――




「“百合”………オマエは…」



少女と自分を隔てる薄い壁に、そっと手を沿えた。




「………ワタシの重すぎる贖罪(しょくざい)は……オマエには背負わせない……




リュシー復活に必要な物……



―――死ぬのはオマエだけでは…ないのだ……」




―――――――――――


 次の日。



明るく日が差す森を、百合はエウラリアと歩いていた。


(歩幅……合わせてくれてる…?)


昨日、エウラリアはお構いなしに大股で歩みを進めていたのに、今日は彼女のすぐ前を歩いている。百合はそれが気になりながらも、泣きはらして痛む瞳で、森の様子を探った。



 木の根元には、一面に、結晶でできた見たことのない鮮やかな花々が、咲き乱れている。その上を虹色の羽をした蝶が飛び回り、さらには、長い毛並みをもつ、つぶらな瞳をした鹿の角を持つウサギが、花々の間から時々顔を出して遊んでいるのを、彼女は見つけた。


急に空が暗くなって上を見上げると、大きなエメラルド色をした竜のつがいが、悠々と翼を広げている。



「………」



「見とれるなとは言わないが、もうすぐ町に出る。そこで昼食を取らなくていいのか?」


「……は…はいっ!すみません!」



エウラリアは歩きながら、黒髪を高く結い上げた。

長く艶のある髪がまとめられ、才色兼備、凛とした雰囲気を身に纏う。今日の彼は黒いパンツスーツに白いシャツ、首に逆十字の黒いロザリオというラフな格好に、黒いコート型のローブをただ肩にかける格好をして、腰にレーヴァテインを下げている。


百合にとっては、髪を結い上げている姿の方が見慣れていて、馴染みやすかった。



(なんでだろう……?もう…エウラリアさんが…怖いと思えなくなってる…


……イレールさんが居たら…どんな反応をするかな…?


苦笑いするのかな…それとも……怒るの…かな……)


切なくそう思っていると、町の入り口の前で、彼女は呼び止められた。



「町に入る前にこれを飲め。魔法界で、人間を連れているなどただ事ではない。魔法族は気配から他人の種族を判断できる。オマエは人間の気配を隠す必要があるのだ。最もワタシも、黒魔術族とバレると色々と面倒なのでな……悪魔族の気配を魔法薬で身に纏っている。」


「エウラリアさんは“黒”魔術族なんですね。


でも…面倒って……どうしてですか?」



不思議そうな百合の問いに、エウラリアはフッと口角を上げた。なぜか、楽しげな様子だ。

彼女の疑問には答えてくれない。



「オマエはワタシからすれば、理解に苦しむ不思議な生物だ。基本、いつでもおめでたい生物。これを飲んで、摩訶不思議な妖精族の気配を身に纏え。それがお似合いだ。」


「……?分かりました。」



百合は素直に、エウラリアが差し出すその瓶を受け取って、口に含んだ。

味はしない。透明な、やわらかい天然水を飲んでいるような感覚だ。



エウラリアは彼女をどこか


―――懐かしそうに、見つめた。


しかし、きっと、その表情の変化は、彼をよく知る者でしか判断できないだろう。

それほどに、小さな変化だった。



―――――――――


 百合とエウラリアが立ち寄った町は、町と言っても村、と表現した方が良いような、小さな田舎町だった。商店が立ち並ぶ街道を、中世風の身なりをした人々が行きかう。

百合は、どこか外国の街道を歩いているような気分になる。



「ワタシは当面必要な物を揃え、オマエを迎えに行く。オマエも必要な物を揃えるがいい。」


「……え?お金?」


エウラリアは紙幣を数枚、百合に手渡したのだった。



「着替えがなくては気の毒だからな。他に、仮にも女ならば、オマエにも必要な物があるのではないのか?」


「……それは…そうですけど…」


確かに、百合は昨日の服装そのままだ。



(ここまで気遣われると……あなたのことが…本当によく分からなくなります……


やっぱりあなたは、初めて会ったあの時、感じたままの…



愛情深い優しい人……?


あんなに怖い顔で私を睨んでいたのに……)




戸惑う百合の表情から心証を察したのか、エウラリアは不機嫌そうに言った。


「……勘違いするな。あくまでワタシは、オマエを丁重にもてなすという約束を守っているだけだ。自分の手に落ち、死に向かう無抵抗な小娘を、さらに痛めつけるような趣味はない。」


「………ありがとうございます。じゃあ…目的の場所までは、どれくらいかかりそうなんですか?」


「六日か、七日か……約一週間ほどだろう。洗濯はワタシの家でできる。それを踏まえて選べ。」



 百合が頷くと、エウラリアは彼女の背後を、じっと見つめた。

そして威圧するように睨みつけると、「見張っておけ……!」と、脅すように言う。

―――ビクッ!

と、身を震わせた百合が恐々振り返ると、

「―――――わっ!」

彼女はびっくりして飛び上がった。



―――アンフェスバエナがとぐろを巻いて、街道に鎮座していたのだった。

しかし、他の人々はあまり気にしていないように街道を行きかっている。



「見張りはつけさせてもらうぞ?コイツをつけておいた方が見つけやすい。馬鹿でかいからな……」


「これからのことは昼食の際話す。」、そう言って、エウラリアは町の中に消えていく。



「行っちゃった……」


百合が呆気にとられていると、

「ギギギィ~~~」

アンフェスバエナが頭で一軒の店を指している。


 百合は思わず微笑んでしまった。

「かわいい洋服の店だね。うん!あそこに行ってみるね!ありがと~!」

「ギギィ~~~♪」

アンフェスバエナに手を振って、彼女はその店のドアを開けた。


―――リリン…!

 ドアを開けて耳に飛び込んできたのは、綺麗なオルゴールのメロディ。

店内には、その雰囲気に合った街娘たちが微笑ましく服を選び合っている。百合は可愛らしい少女たちに見とれつつも、悩みながら、数着服を手に取った。


値段を合計したものの単位が分からない。

数字の大小で何とか判断しようと値札を計算していると、声をかけられた。


「もしかして、お困りですか?」

「……は、はい!?」


 慌てて上を見上げると、雰囲気の柔らかい壮年の女性と目が合った。優しそうなライトグリーンの瞳をしている。

白と黒の修道女服を着て、修道院に努めているらしい彼女は、小声で、

「あなたが手にしている紙幣が三枚分で、おつりが出るくらいだと思いますよ。」

と、助言してくれた。


「あ、ありがとうございます……」


「いいえ。ふふ……」


百合がお礼を言うと、その女性はまるで自分の子を見るように微笑む。



「私、ここから少し距離があるけれど、とある祭壇を守護する修道院で、修道女をしているの……もし何か困ったことがあったら、おいでなさいな。」



「……え?は、はい。」


じっと百合の瞳を見つめて、優しく言うと、修道女は、手を振って店を出て行った。


(なんだろうあの人……不思議な感じのする人だな。)




 店を出たその修道女は、愛しむような表情で、店を振り返る。



――「ずいぶんと深い寵愛を受けた子ですこと………


   あなたは愛する聖者と出会って、数奇な運命をたどっているのですね……


   ここにあなたがいることに、


   Santa(サンタ)-Lucia(ルチア)と同じ気をまとっていること


   なにか関係あるのかしら……



   一応お祈りして、お伝えしましょう。



―――リュシー様に。



   不思議な“人間”のお嬢さん


   あなたの往く手に――――


   ――――幸多からんことを……」



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