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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
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32Carat Kyrie~キリエ part2

買い揃えた物は、アンフェスバエナが預かって、エウラリアの家に運んでくれた。


エウラリアとアンフェスバエナの関係は、主人と僕といった関係らしく、アンフェスバエナは彼に怯えた眼差しを注ぐ。力で従わせているという印象を、百合は持った。イレールとクラースとは、大違いだ。



「では、今後のことについて話そう。」

「……はい。」


チリン……


百合はエウラリアと、町のレストランのドアをくぐった。

窓際の席に座って、注文を済ませると、エウラリアが口火を切る。



「ワタシ達が向かっているのは、『白と黒の祭壇』と呼ばれる場所だ。巨大な大聖堂の奥、他のどの宗教にも属さぬ様式の祭壇がある。」



「そこが、白魔術族と黒魔術族の魂が集う場所……ですか?」


「息切れても、話は聞いていたようだな。そうだ。白魔術族と黒魔術族は、命尽き死したその時、その祭壇に差す一筋の光に導かれ、天に召される。」


「じゃあ……そこから…リュシーさんの魂を呼び戻すんですね。」


「物分りが良くて助かるな。そういう事だ……」


エウラリアは――ニヤリと、笑った。



「オマエは死に…!この地にリュシーがもう一度輝きを取り戻し、オマエの愛するイレールは、絶望の深淵に沈むのだ……!


……あぁ憎くてたまらない。

今すぐにでも…あのお人好しの微笑を歪めてやりたいものだ……」


瞳が嘲笑を含んで、狂気的に紅く光った。




―――ぞく……ッ!


 百合はエウラリアの呟きに、そこはかとない恐怖を感じた。

今まで消えていたはずの寒気が、再び背筋に走った。



「どうしてエウラリアさんは……イレールさんをそんなに憎むんですか?」


血の気が引いていくような感じがする。

でも、聞かずにはいられなかった。

誰に対しても誠実な彼を、そんな風に言われるのは、納得がいかない。



「震えているな……普段のワタシには恐怖しなくなった癖に……」

彼は表情を歪めたまま、静かに跳ね返す。

「……答えになってません。私にも知る権利があるはずです……!」

身を震わせながらも、百合は彼を睨む。



「………」



彼は目をつぶった。

まるで、荒ぶる心を鎮めているかのようにも見える。


そして、


彼が瞼を開けたそのとき―――



そこに狂気的な微笑は、なかった。



「黒魔術族はもう……この世界に…ワタシしかいない。滅びたのだ……。その原因を作ったのが、イレールの持つ、本来なら称賛されるべき“光”だったとしたら……オマエはどうする?どう…考える?」



代わりに、


寂しそうな微笑がそこにあった。



「イレールさんが……原因を作った…?」

百合は僅かに動揺して、目を見開いた。

エウラリアはその微笑のまま、語り続ける。


「この世界の全ての者に愛された者が居た……。その人はある者にとって、この世界にたった一人居た……唯一自分を本当に理解し、受け入れてくれる人……そんな人を目の前で死なせてしまったら……オマエならどうする?



そしてもし―――


自分が、世の道理や徳に背き……


自分の内にある、あらゆる者への憤怒……もう狂気と言ってもいい。

その狂気に身をゆだねることで…その人の死を拭い去ることのできる道が……

自分の目の前にあったら、オマエなら……どうする?」



「そんな……っ!

その人って…リュシーさんのことですよね……!


………それが、エウラリアさんが…こんなことをする…理由ですか……?」



百合は、心が揺れて、寂しそうに瞳を潤ませた。


なんとなく

―――エウラリアという人物が、どういう人なのか、理解できた。



「意味が分かるか…?」


「いいえ……断片的すぎて、しっかり理解できません!ちゃんと教えてください……!聞いたのは私の方なのに、エウラリアさんまで疑問で返して来たら、話が進まないじゃないですかっ!」


「フフ…」と、エウラリアは口角を上げた。


じっと、百合の不機嫌そうな表情を見つめている。

負けじと百合も、見つめ返す。



――「ハハッ………!」



エウラリアは、百合の剣幕になぜか、笑いをふき出した。


「クク…」と、口を押えて笑い、肩を震わせる。実に楽しそうだ。


「何で笑うんですか!?笑うとこじゃないですっ!ちゃんと一から説明してくれないと分からないんですからっ!!」


「ククッ…いや、すまないな。リュシーに近いとはいえ……まさか、ここまで早い段階でワタシを受け入れるなど、思ってもなかった。それが死に行く娘が持つべき威勢か?あぁ、いつ以来だろうな?他人に、そんな眼差しを向けられたのは。」


エウラリアは一変して、機嫌よさそうに言う。百合は呆気にとられた。



(素直に謝られちゃったし……


エウラリアさんって……こんな顔するんだ。)



―――リュシーとは仲が良かったらしい。


クラウンが言っていた言葉がはっきりと形を伴って、心に落ちた。




―――――――――



食事を済ませた二人は、町を出て、森の一本道を歩き始める。


「……エウラリアさんがこんなことをするに至った経緯…きちんと教えてくれる気はないんですね?」

「あぁ。無いな。教えてやる義理もない。オマエはワタシにとって、ただの手駒にすぎない。」


彼は、意地悪く笑う。

百合はキッと唇を悔しそうに引き結んだ。



午後の日差しに変わった森は、相変わらずあたたかい。


(こんなにあったかくて明るい道だけど……

この先にあるのは、自分の死に場所なんだな……)


百合は、頭を振ってその考えをどこかへ追いやった。


(ダメだ!そんなこと考えちゃ!)



「白百合、あの大木にとまった鷹のような鳥が見えるか?」



突然、エウラリアが振り返って来て、百合は慌てて体制を整える。



「……はい!あの薄く光ってる尾っぽの長い、茶色の鳥ですよね?大枝にとまって気持ちよさそうに日光浴してて、かわいいです。」


「…可愛いかどうかはともかく、アイツが何か分かるか?」

「……分からないです。普通の鷹じゃないんですよね?」

 百合は、小首を傾げる。

「あぁ、普通の鷹ではない。アイツは霊鳥シームルグといって、人語を理解する。さらには、羽には癒しの力があり、その羽ばたきで撒かれる種子はあらゆる植物の起源になったと言われている。」


彼女は驚いてもう一度、その鳥に目をやった。

ゆったりと目をつぶって日を浴びる様は、とても穏やかで、見ていてとても和む。


「……お昼寝してるクラースさんの顔みたい。」


「霊鳥シームルグをそう表現するか……。まぁいい……つまりだ。」


エウラリアは話を改めた。


「祭壇に続くこの森は、神聖な魔法生物が多く生息する神秘の森。通称『精霊の樹海』。争いを好まない、賢く温厚な魔法生物が多い――基本的にはな。」


「基本的には……?」


「この先はそうはいかない。見ろ。」


エウラリアが顎で示した先には、古き時代を思わせる遺跡の入り口があった。入り口は木々や苔に隠れて遠目には洞窟に見える。


「あそこに……入るんですか?」

「そうだ。あそこを通った方が近道になる。」


百合が少し怯えたのに、エウラリアは不敵な笑みを見せた。


「ここ一帯は『白と黒の祭壇』の魔力もあって、神聖な森だ。しかし、その反面、神聖ながら、闇に属する魔法生物もいることも確か……あの遺跡は、攻撃性の強い魔法生物の巣窟だ。ワタシがソイツらを片付ける間……せいぜい足を引っ張らないよう用心してくれ。」


「………は、はい。」


百合は何も言い返せなくて、下を向いた。

なぜか、エウラリアはフ……と口角を上げる。



「オマエは、弱くはないのにな……なぜヤツらは、あそこまでオマエの強さを尊重してやらないのか。守られるしか能のないようさせているのは、ヤツら自身だ。もっとも……ワタシがそう確信したのも、つい昨日のことだがな。」


「……え?」



なんだか気遣われた気がして、百合は上を見上げる。

しかし、そこには気難しそうに遺跡を見つめる表情しかなかった。


「今日はここまでとするか……。人間は夜目がきかない。夜にあそこをぬけるより、明日…昼間の内に一日かけてぬける方が、面倒が少ない。」


「………」


「なんだ?この森は日が傾くのが早い。今日はここまでにするぞ。」


エウラリアは、真剣な眼差しを向けてくる百合に不機嫌そうな顔をすると、

ラペルピンを取り出し、それを宙に弾く。


 目の前が、現代的な簡素なマンションのリビングに変わる。

異様に家具が少なくて、大量のCDが収納された棚と、大型のオーディオ機器、テーブルの上の香水瓶が目につく、白と黒を基調とした、ぽっかりと開けた印象を持たせるリビング。


百合は、そっけなく離れて行ったエウラリアの背中を見送った。



(私はあなたのこと……分かった気がします。今日一日…一緒に過ごしただけだけど、あなたはこれほどにも――――)




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