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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
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31Carat 黒魔術師の手を取って last


 すっかり暗くなって、百合とイレールは園内のレストランで食事を取っていた。



「あの時、あの女の子に捧げたのは、ラリマーという石です。」

「晴れた空みたいで、綺麗な石でしたね!」

「はい!ラリマーは空色に白い雲のような模様の入った石で、象徴するのは愛と平和です。他者への受容を大らかに行えるように手助けしてくれるんですよ。」



そう言ってイレールは、デザートのティラミスを行儀よく口に運ぶ百合を、じっと見つめた。彼女はそれに気づいて、恥ずかしそうに口からフォークを遠ざける。



「……なんですか?物を口に運ぶ瞬間、見て面白いんですか?」


「いいえ……面白いというか、かわいいですけど。こんな風に、貴女を独り占めできる日が来るなんて…未だに信じられなくて。」


「……恥ずかしいこと…言わないでください。」


イレールは苦笑して、

「…そう言われましても。」

と返す。

そして真剣な顔になって、優しく笑った。



「……幸せを掴むまでに心に負った傷は…その幸せが苦心の末…切り裂かれるような苦しみの末……手に入った時、これほどにも癒やし尽されるものだったんですね。



背中を押してくれた彼らには、感謝しきれません。私はあのままでは、きっと……」



「………イレールさん?」



百合はティラミスを食べ終えて、一変して視線を落としたイレールに瞳を揺らした。



「……フフ、こちらの話です。


あぁ、でも、私が掴むことが許された幸せとは……貴女ですよ。」



真っ赤に染まる百合を急かして、イレール達はレストランを跡に。


園内はライトアップされて、そこここに張り巡らされた電飾は、園全体をレトロで優しい、温かな光で満たしていた。

英国のシンボル――ビッグ・ベンをそのまま再現した時計塔は、もうまもなく八時を指そうとしている。


百合は―――



胸ポケットに入っているラペルピンが頭をよぎって、


切なそうに、胸元で手をぎゅっと握りしめた。



イレールは幸せそうに、楽しそうに、百合に向き合う。



「私達でしか行けないところに、行ってみませんか!?」

「へ?どういう意味ですか?」



「イレールは文字通りです。」と言う。なんとなく、二人っきりになれるのかな…と察して、百合は「はい。」と頷いた。



するとなぜかイレールは―――

百合と人目につかない場所に移動して


髪を右肩にたらしていたリボンを取った―――



彼を白い光が包む


丸められた純白の絨毯が広げられるように、黒いコートの上を白が覆って、



――ふわ……!!


イレールは、純白の聖職者と変貌する。



「これを羽織ってください。」



微笑んだ彼は、肩にかけたケープを百合の肩にかけた。



―――どきん


と、心臓がはねたのを、百合は感じる。



「…どうしてですか?」



「この服を身に纏うと、普通の人間には、私達の姿を見ることはできません。


これからのひと時―――



貴女の存在を目に映すことができるのは、私だけなんです……」




「………っ…!」


胸の奥が痛くて


でも、嬉しくて、百合はケープを両手でギュッと握った。



「しばらく私を信じて……目をつぶっていてくれませんか?」



「……はい。」


そう返事をすると―――体が浮いた。

横抱きにされたのが分かる。


百合は頬に冷たい風を感じて、風に髪を揺らされた。




イレールは建物から建物へ飛び移りながら、



何度か足を止めて、


彼女を大切に――どこかへ運ぶ。





「いいですよ。目を開けてください。」


「――――――っ!!」


そっと立たされた百合は、驚いて言葉を失った。



足元に――美しい七色の光の粒が、広がって、ひしめき合っていた。

彼女の黒い瞳に映ったそれらは――



楽しげに、仲睦まじく寄り添う人々の笑い声を伴って、キラキラと光る。



「ここは――時計塔……?」



百合の背後には巨大な文字盤があって、すぐに自分がビッグ・ベンを模した時計塔に立っていることが分かった。



「はい。きっと眺めがきれいだろうなって思って……」



イレールも眼下の眺めにうっとりとしながら、優しく言った。



「あまり遅くなると貴女のお母様に申し訳が立ちませんから……ここで最後にしましょう。」


「………はい。」



百合はイレールの肩に、頭を傾けた


―――最後に、お別れのつもりで


イレールは嬉しそうに、それを抱擁で返してくれる。

百合は抱きしめ返したくなるのを堪えて、ただ、身をぐっと近くに寄せた。



これ以上一緒にいたら、名残惜しさと悲しさで身が持たない気がして、百合は体中が震えてしまいそうになるのにやっと耐える。



しばらく二人はそのまま静かに、時を過ごした。



――――――――



 やがて――名残惜しげに、二人は身を退いた。

「帰りましょうか?」という問いかけに、百合は切なさを含んだ微笑を浮かべて、頷く。

パチンといつものようにイレールが指を鳴らすと、目の前には見慣れた自分の家が、一瞬にして現れた。



その情景が示していることは、



―――楽しかったイレールとの時間の、終わり。




「次は、魔法界の遊園地に行きましょうね!」

「連れて行ってくれるんですか?一度でいいから行ってみたかったんです……魔法界。」

「……すみません。私なりにけじめをつけていたんです…貴女とこのような仲になれるとは思っていませんでしたから………でも、もう…はっきりと、向こうの友人たちにも貴女のことを紹介できます。」


イレールの愛を秘めた言葉さえ、どこか遠かった。

きちんと耳に入れると、泣いてしまいそうで―――




「さようなら……イレールさん。」




百合は明るく笑って、言った。




胸の前で片手をギュッと握りながら。



「百合さん……?」



何となく違和感を感じた


――イレールだった――が、



「……何かお悩みでしたら……何でも話してくださいね。」



と、いつものように優しく返した。




そして――




切なそうな微笑を浮かべている百合――に



―――ふわ……っ!



顔を近づけて、


こつんと、おでこを重ねる―――



百合は頬を、イレールの髪が優しくなでたのを感じた。



目をつぶって微笑を浮かべる彼は、「さよならじゃありませんよ……」

と、言う。




――「また、明日……です。」



最後にみたのは、イレールの――優しい微笑み

ゆったりと離れる彼は、光に包まれて――消える。




百合はしばらく動けなかった。

悲しさ、名残惜しさを越えて、イレールが愛おしかった―――



 百合は目をつぶったまま大きく深呼吸して、フ……と息を吐く。



彼女の瞳が――凛として輝きを持った。



ラペルピンを両手で包むように持って、言われた通りに念じると、足元に黒い魔法陣が現れる。


うねる影が炎のように揺らめいて―――


まるで腕の中に捕まえるかの如く、

百合の体を呑み込んだ。




―――「………っ……!」


 百合が気づいたときには、暗い森に開けた広場のような場所に立っていた。

キョロキョロと、恐る恐る、周りを見渡すしていると、



―――「ようこそ白百合……待ちかねたぞ。」



 彼女の後ろに――


エウラリアが満足そうに、不気味な微笑を浮かべて立っていた。

その背後には巨大な双頭の怪蛇、アンフェスバエナが控えて、チロチロ舌を出す。



 「そのラペルピンを返せ。」


百合が大人しく手渡すと、エウラリアは小さく「ほぅ……」と言う。


「オマエ……少し変わったな。良い目だ。何がオマエをそれほどまで強くした?」

「………秘密です。言わなくても分かってるんじゃないですか?」



百合は落ち着いた様子で答える。



「イレールか?フハハッ!お涙頂戴もいいところだなァッ……!?」



エウラリアは不敵に笑って言い捨てると、

アンフェスバエナに懐から出した手紙をくわえさせた。



「それをイレールのもとへ届けろ――果たし状だ。」



「そんなっ!!待ってください!約束が違うじゃないですかっ!みんなをもう傷つけないって!」



百合はエウラリアに、悲痛そうに詰め寄った。



「あぁ……約束は守ろう。必要とならない限りは傷つけない。最も……追ってくるようであれば……話は別だ。


しかし…白百合?

ワタシ達が、彼らが追って来るより先に目的を果たせば良いのだ。」



エウラリアは長い指で、百合の顎を持ち上げる。


「……放してください……っ!」


百合は拒絶して、フイッと顔を背け、その手から逃れる。



「ハッ!安心しろ。それまでオマエを悪いようには扱わない。丁重にもてなしてやる。」



エウラリアは百合から離れると、アンフェスバエナに「行け!」と命令した。



―――「待って!これも……イレールさんに届けてっ!」



 アンフェスバエナに駆け寄った百合が手にしていたのは―――


ピンク・サファイアのブローチ。


 いつもは彼女の、リボン型のバレッタの中央につく、其れ。取り外してブローチにもなり、百合にとっては、イレールからもらった大切なモノだ。



アンフェスバエナは、ギロリと、主人に視線をやる。

エウラリアは不機嫌そうに眉を寄せたが、



「……持って行け。イレールの顔を歪ませてやれる。」


と、意外にもそれを了承した。



「ありがとう……」

「ギギ……」


お礼を言った百合に、まるで同情するような眼差しを向けて、アンフェスバエナは森の奥へ消えていった。



―――「……では、行くぞ白百合……」


「……はい。」


百合は歩き始める。



 その背中に流れる髪には、リボンのバレッタ。

しかし、そこに華やかな優しい輝きは無くて。



少女は一人―――見知らぬ世界へ飛び出して行った。


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