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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
37/104

13Carat 消える視界、天使の鐘 part3

―――パチン!

イレールが指を鳴らして、二人は彫刻のアトリエへと戻ってきた。


「遅かったじゃねぇか。鐘はいち早くオレが回収しに行ったぜ!どうよ?!」

ババーンっと得意そうに腰に手を当てて、ジョルジュは二人に自慢する。

「さすがですね陛下!一応聞きますけど、代わりの鐘はきちんと置いてきましたよね?」

「あたりめーだよ!ちゃんと作って置いてきたっての!」


「シルさん!イレールさんがキキーモラからもらってくれましたよ!」

百合は目の見えていないシルの手を取って、キキーモラの布に触れさせた。

「これはキキーモラの布……本当に…本当に!ありがとうございます!必要な物は全て揃いました!後はもう補修するだけでございます………!」

「何か手伝えることがあったら、なんなりと言ってくださいね。」


「はい!……ですがここから先は職人の世界。できれば一人にしてはいただけませぬかな……」

彫刻家の顔つきになって力強く言ったその言葉に、三人は頷いて、アトリエを後にした。



店内に戻って、それぞれ一息つく。

カウンターのキッチン側にイレール、玄関側に百合とジョルジュと、それぞれ向き合う形で座る。

「そういえば、明日は大みそかでしたね。」

思い出したようにイレールが口を開いた。

「百合さんはお母様と年越しですか?」

その言葉に、百合は僅かに寂しそうになる。

「最近仕事を始めたんですが……ちょうど仕事を入れられてしまったらしくて…それぞれ一人で年越しです。ちょっぴりさみしいですけど…こんなときにまで働かなくてはいけないお母さんのことを考えると…私なんかより全然、お母さんのほうが辛いだろうから、わがまま言ってちゃいけないですよね。」

瞳にうっすら涙を溜めながらも、笑ってみせる。

イレールとジョルジュは顔を見合わせ、百合に明るく申し出た。

「よろしければ、ここで年を越しませんか?そうしてくれるとうれしいです!」

「オレもさ、デンファレにはわりぃけど、シルじーさんについててやりてぇから、ここで年を越すつもりなんだ。クラウンとミカエラも来んだろうし、お前も居てくれよな!その方がぜってぇ楽しい!シルもいて、こいつらにお前がいりゃ、オレにとっちゃこれ以上の幸せはねぇよ!」


「でも……せっかく幼馴染四人がそろう貴重な時間を、邪魔しているような気がします。」


「何を言っているんですか。」

イレールも寂しそうにブルーサファイアの瞳に影を落として、百合をまっすぐに見つめた。


「―――私達にとって、貴女はもう大切で特別な存在なのですよ。」


その言葉に、Kikimoraキキーモラ-cafeカフェで感じた切ない感情が、あたたかく包まれた気がした。



それは心の中でたゆたった“問い”の答えではないが、胸をズキズキと痛めていたその問いの刃をとかし、傷を癒すような言葉であった。いずれ向き合わねばならないその“問い”は再び心の奥へとうずもれていってしまう―――


―――「ありがとうございます!ぜひ、ご一緒させてください!!」

彼女は笑って、イレールの瞳をまっすぐに見つめ返した。






 その夜のこと――――

シルは一人で鐘と向き合っていた。


手のひらの感覚だけで傷を見つけ、補修用の粘土を目立たないようのせていき、乾いたところから再び一寸のずれもなく模様を再度描いていく。


――トン……トン


何かがドアをノックする。

「どうぞ。」


「わりぃな……しばらくここに居ていいか?」


尋ねて来たのはジョルジュであった。


「えぇ。ジョルジュ坊ちゃんなら。」


朗らかに笑いながらも、手元を忙しそうに動かす。

それをジョルジュは、壁に身を寄りかからせてじっと見ていた。


沈黙を破って彼は口を開いた。

「すげーよ……見えてねぇんだよな。それでもしっかり補修されていってるぜ……。」

「ワシの体は暗い視界の中、一種の強迫観念のようなもので一心不乱に動いているのでございます。」

「それって、彫刻家シル・ゼーゼルファントとしての最後の使命ってやつか……?」

「はい。風前の灯火となっている鐘の命に、新しい命を吹き込むことがワシの今の“存在理由”でございます。」

「自分の生きる理由…raison(レゾン) d'être(デートル)ってやつか……。」

「何物もみな全て、自らのraison(レゾン) d'être(デートル)を見出して生きているものですよ……自分の生はこのためにあると信じて、そのために生きる…ワシはこのように老いぼれになっても、それが、ある。なんとも恵まれたことでございます。」

シルはそこに鐘があることを再確認するかのように、手のひらをそっと鐘に押し当てた。

ジョルジュの気配のするほうへ顔を向けて、ぼんやりとした彼のシルエットを視界におさめた。

「坊ちゃんは見つけられましたかな?ご自身のraison(レゾン) d'être(デートル)を………?」

ジョルジュはアメジストの瞳を高貴に瞬かせた。

「ああ。あるぜ、オレにも。――――オレだけのraison(レゾン) d'être(デートル)がな。」

彼はブラウスの首元のフリルに飾ったアメジストのブローチに優しく触れる。

色むらのない均一に深い紫、暗闇でもその色と識別できる良質なアメジスト。

「昔、“(リュシー)”が指し示してくれたんだよな。泣き虫で、あいつらの後ろをついて行く足手まといでしかないと思っていたオレに――――」





「クラース……平気ですか?」

「ふんっ!なんだいきなり。」


イレールが屋根の上にランプを持ち込んで、いつもの場所にとまっているクラースの隣に座った。

羽をきれいに口ばしで整えて一見平然としているように見えるものの、クラースの双眼には普段の猛禽類たる威厳に満ちた輝きがない。イレールは心配そうに話を続けた。

「明日はサーペンの命日です……そんなときに彼の弟が訪ねて来て、彼と同じようにかすむ景色の中、物に命を与えようとしている……貴方が平気であるはずがありません。」

「俺はこの時期になるとあいつに礼を言うことができなかった歯がゆさで、心が痛くなる。いつものことだ……。それよりお前も今日はどこか、後悔の念に苛まれているように見えるぞ?」

「貴方に隠し事はできませんね……。」

イレールは苦笑して、彼に懺悔した。

「今日、ポーラのところに行ったんです。そうしたら彼女がふとした瞬間に倒れ掛かったので、思わず抱き留めてしまって……ほかに方法はあったと思ったんですがね……。」

「一番腕の中に抱き留めたい者の目の前で、そんなことをしてしまったのだな?」

「端的に言えば、そうです……」

ブルーサファイアの瞳が細められ、睫毛の影が落ちた。


「……ほらっ、私は胸の中のくすぶりを言語化しましたよ!貴方の番です!!」

自分の話題からそらして、クラースに詰め寄る。

「………俺もお前に隠し事はできぬな。仕方がないな。お前とは400年以上の付き合いだ。約400年以上前の明日の日付。新しい年が幕開けるとともに、俺は生まれ、お前と出会ったのだからな。」

アクワマリンとペリドットの瞳が、ブルーサファイアの瞳と重なる。

「アクワマリンは海の力を秘めて水の性質を持ち、ペリドットは太陽の力を秘めて火の性質を持つ。俺の体は、その二つのエレメントの力で形を成すのだったな……?」

「覚えていてくれたんですね。私が貴方に言った言葉……」

イレールがクラースのお腹の羽をなでる。

「もちろんだ。お前が開口一番、真っ先に褒めてくれたのはこの双眼だ。」

クラースは声音穏やかに、気持ちよさそうに撫でられている。



昔を懐かしむそれぞれの夜は、ゆっくりと更けていった―――



 次の日、全員がアトリエに集った。


「あとはキキーモラの布を合成するだけになりました。みなさんありがとうございます……老いぼれのわがままに今少しお付き合いください。」

「一日で仕上げちまうって、やっぱシルじーさんは天才だぜ!お疲れ!」

「シルさん!昨日とまったく違いますね!新品みたいにきれいになってます!」

「お見事ですね!お疲れ様です。この魔法陣にのせていただければ、合成できますよ。」

「うっし!任せな!」


 鐘はすっかり、見違えるほどきれいになっていた。

オリーブとユリの模様と天使祝詞の銘文がつくる、光沢の陰影は、教会の豪華すぎない品格あるたたずまいを想起させ、見る者にその鐘が間違いなく天使(アンジェラス)の鐘であることを認めさせる。

 イレールがアトリエの地面に描きこんだ魔法陣の中心に、キキーモラの布を敷いて、その上にジョルジュが鐘を運ぶ。





―――百合以外の、魔法族たちの顔色が変わった

「イレールさん……?どうしたんですか?」



「―――百合さん、絶対にここから出ないでください。」



彼は壁の向こうの、ただならぬ気配を感じ取っていた―――


「シルじーさんもここから絶対に出ないでくれ。」



彼の背中に蝙蝠の羽が出現し、紫水晶の瞳が厳しくつりあがった―――



「なぁイレール、お前は二人についていてくれ。ここから先はオレの領域だ。オレのraison(レゾン) d’être(デートル)なんだ。」

「陛下……」

普段のフランクな口調は影を潜め、ジョルジュは堂々と彼を見つめる。

「分かりました。信じていますよ。」

大きくイレールも頷く。




――――ヒュン!

空を裂く音がして、彼は消えた



「クラース!」

宝石店の屋根の上に降り立つ。

「陛下、頼むぞ。暗闇は俺たちの領域なのだ。」

「あぁ任せておけ!」




「ギュラァアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーー!」


不気味な声が宝石店のある暗闇に響いた





――――ぎらりと紅い瞳が四つ暗闇に浮かび上がった


「―――アンフェスバエナか。」

クラースが睨みつける。

「双頭の怪蛇か……すげぇのが迷い込んだな。」


ジョルジュが見つめる先には――――頭が二つの両頭の蛇がいた

体の後方の尾にあたる部分にも頭がついて、前後両方向にも重々しく動いている。

「怒りで我を忘れておるな。」

「誰だよなぁ?怒らせたのは?」


―――ふぁさ……

―――バサッ!


クラースとジョルジュは一斉に飛び立ち、暗闇の中に体を溶け込ませた。


「グルゥアアアアアアーーー!」

アンフェスバエナは彼らの気配をもとに牙を突き立てて宙を裂き、暴れまわる。


二人はそれを器用に避ける。

「陛下。急所は外すのだぞ?」

「あぁ。あいつに罪はねぇはずだ。」

クラースは身を引く。


アンフェスバエナの二つの頭が彼を狙い、チロチロ舌をだして飛びかからんとしている。

アメジストの瞳がりりしくつり上がり、ジョルジュは不敵に笑う。

彼の口からも鋭い犬歯が覗く。


「オレがさ―――――Georges(ジョルジュ)と呼ばれる理由を教えてやる。」

―――ヒュッ!

そう叫んで、彼はアメジストのブローチをはずして宙に投げた。


「それはな――――――」


クルクルと回転するアメジストのブローチが、紫の光を帯びて―――


―――――銀の剣に変わった



――――クルクル――――バシッ!

宙を回転し、彼のもとへと下降するその剣を、ジョルジュは受け止める。


柄の部分にはめられたアメジストが高尚に光った―――


怪蛇に向かって威厳たっぷりに剣を向ける。

聖Georgius(ゲオルギウス)の加護を受け、聖剣アスカロンを賜りし者だからだ―――――」



「そして――――オレにしか成し得ないこと――――」

彼の瞳が赤く染まり、赤黒い翼がバサリと広がる


「王族として、気高く民を導き、守ることが――――――オレの見つけたraison(レゾン) d’être(デートル)!」




剣を突き立て―――音速の速さでアンフェスバエナの本体の喉元ぎりぎりに突き刺した



「ングゥルギァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーー!」

怪蛇はのたうち回り、辺りに鮮血を滴らせる。


本体の頭は大人しくなったが、もう一方の頭はまだ微かに殺気だっていた―――


力なく地に横たわっているものの、目はギラギラと紅く、口からは毒液が滴っている。


「毒液にあたったら死ぬな。肉は切り裂かれ、鉄などの鉱物なら粉々に砕かれる。」

「冷静にこぇーこと言うなよな。」

二人は再び構える。



「グゥルギィアシアアアアアアアアアアアーーーーーー!」

後方の頭が活力を取り戻し、辺りに毒液を雨のように降らせる。

ジョルジュは軽やかに避け、避けきれない毒のしずくはアスカロンで切り払う。

「任せるのだ!」

クラースが純白の翼を広げて




ビュルルルルルルッ…………!


強風を巻き起こし、毒液をはらう。


「やるじゃん!」


安心するのもつかの間――




ギラッ!

怪蛇の視線が変わって、遠くに見える宝石店をその双眼にとらえた。


「ギグゥルゥアアアアアーーーーー!」

耳をつんざく怒声が響いて、宝石店の方向に毒液の雨が矢のように降り注ぐ。

「たぁああーーーーー!」

ジョルジュとクラースは切り払い、打ち払い、それを阻止しようとするが、

「――――間に合わない!」





クラースが一瞬にして翼を広げ、降り注ぐ毒液の矢の前に立ちはだかった――






「もう二度と、居場所を、大切な人を…失いたくはないのだ―――」


「俺に“死”という概念はない。守る者、それがクラースとしてのraison(レゾン) d’être(デートル)。だからこそ――――――――」




―――ズドドドッ!


ジョルジュの耳に、鈍い音が響き渡った―――




白い羽が周囲に四散する―――




「クラーーーーーーーーースーーーーーーーーー!!」






彼が悲痛に叫んで見つめるその先には―――――粉々になった石膏の欠片が飛散していた。


「ふざけんなーーーーーーーーーーーーーー!」

ジョルジュは音速の速さで怪蛇を蹴り飛ばし、宝石店から距離を取る。





―――パチン!

「ギュルギアアアアアアーーーーーーーーー!」

巨大な鎖がアンフェスバエナの口と体を捕らえて、動きを封じた―――


「おいたがすぎます。」

―――イレールが冷やかに言った


「貴方はどうやら、何か呪術のようなもので操られていますね。そこで大人しくしておいてください。」




「イレール!クラースがっ………!」

ジョルジュが悲痛に訴える。


「………はい。急いで“直して”あげましょう!」




二人は、四散した石膏を、拾い集めた――――




14Caratで、クラースが何者か、判明します。

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