13Carat 消える視界、天使の鐘 part2
熟考した結果、前編後編の二つのくくりで話を展開するより、いくつかのpartに分けたほうが分かりやすいのかな…と思いました。
これからはこの書き方で話をすすめます。
part3は今日の夜に投稿します。
「そうだ……ちょっくら鐘を回収しに行ってくる。」
ジョルジュはシルに付き添っていたが、ふと立ち上がる。
「イレールの奴に全部任せるのはぜってぇーに嫌だかんな。あいつは優等生過ぎんだよ。それに早く始めたいだろ?」
「それはそうですが…急に教会の鐘が消えてはまずいのでは……イレール殿に変わりの鐘を用意してもらってからでも……」
「オレもお前の役に立ちてぇーんだよ……得意な方ではねぇけど、オレだって魔法は使える。鐘はブロンズ製だろ?城にある俺が所有するブロンズ像を魔力でちゃちゃっと形成しなおして、瓜二つの鐘を代わりに置けばいいし。ここまで運ぶのも、力のあるオレがやったほうがいいと思うしな!」
ちらっと牙を見せながら、彼はフランクに笑ってみせる。
「んじゃ、行ってくっから!シルじーさんはすぐに始められるよう万全な態勢にしといてくれよなっ!」
――バサッ!
彼の背中にヴァンパイアの蝙蝠の羽が広がった。
その翼はおどろおどろしいながらも、研ぎ澄まされた刃のように堂々たるしなやかさを持つ。
アメジストの瞳の高貴なるヴァンパイアは慈悲深く目の前のドワーフを見つめる。
自分の視界と彼の視界が重なることがなくても、関係ない。
暗闇の住人たるヴァンパイア。しかし彼は、聖人Georgiusのように勇敢で威厳ある。
大きく翼を広げて自身を包んだかと思えば――彼―――Georgesは姿を消した。
後に残されたシルは、ほっほっ…と笑った。
「ジョルジュ坊ちゃんは、ご自分をイレール殿と比べて劣っておられるとお思いのようで。」
ゆったりとした様子で彼はたっぷりとたくわえられた髭をなでながらひとりごちる。
「……そんなことはございませんぞ。視界のほとんど消えかけたワシは今、見かけに頼らない世界に生きております。だからこそ、見えるのでございますよ、坊ちゃんの並々ならぬ、ワシへの慈愛の心が……」
「そしてそれは、イレール殿のそれよりもはるかに強大でございます。ワシらの間には、長い時が育んだ、固い絆があるのですからのぅ」
―――ヒュン!
つむじ風が空を裂く音がして、ジョルジュは教会の鐘塔に降り立った。
ゴシック建築を意識したその教会は荘厳なステンドグラスと天高くそびえる尖塔、薔薇窓を持ち、天使の鐘のための鐘塔がそれに寄り添うように建てられている。
彼は羽をしまって、鐘に向き合った。
シルが天使ガブリエルに捧げた天使の鐘は、傷ついて所々酸化して変色し、聖なる力も消えかかっていた。表面には、かすれているが、ガブリエルとマリアを想起させるオリーブの葉とユリの模様と――何やら銘文が入っていた。
「Ave Maria,grantia plena,Dominus tecum……聖母マリアへの祈り文句、天使祝詞か…消えかかってんな……」
ジョルジュは切なげに目を伏せつつ、その銘文が彫られた凹凸に触れる。
「…良かったなお前。直してもらえるんだぜ。しかもお前の作り手本人によ……」
「オレがお前を導いてやるかんな………」
そっと両手をそこにのせたまま、彼は目をぎゅっとつぶった。
呼吸を最小限に抑え、意識を集中させる――――
「――――――はぁっ!」
目を開いた彼の瞳は一瞬紅く染まり―――
彼は一気に手を体の後ろへ一直線に、勢いよくはらった―――
―――時間が止まった―――
青空に飛んでいた雀はその場で羽を広げたままに、そばを歩いていた親子連れもとまっている――――
「うまくいったな……」
彼は少しきつそうに息を切らせつつ、正面に向き直った。
―――鐘は、合わせ鏡をしたかのように二つ宙に下がっていた
彼はもう一度背中に蝙蝠の羽を広げる。
――――バキバキ!……バキッ!!
いともたやすく、片方の鐘を天井から強引に引きはがし、片手にもつ。
「少しだけここを離れることになるけどよ…我慢してくれよな。シルじーさんの腕にかかればすぐ戻ってこれるぜ……。」
羽をばさりと広げ、自身を包んだかと思えば、
―――ヒュン!
つむじ風が起こって、彼は消え失せた。
―――ちゅんちゅん……
それと同時に、時は再び刻まれ始めて、雀も、道を歩いていた親子ずれも、再びその所作を開始した―――
一方その頃、百合とイレールは、一軒のカフェの入り口に居た。
ドアに吊るされた木製の看板には―――Kikimora-cafeと、書かれている。
そのカフェは――オフィス街のビルとビルの間にできた薄暗い小道の一角にコンクリートの小さな階段がトンネル状に地下へと潜りこむ形で果てしなく続き、無機質な古いビルの地下部分に位置する、隠れ家のような場所であった。
「不思議なところですね。この町にずっと住んでますけど、こんな場所がオフィス街にあるなんて知りませんでした。」
百合は後方の階段を見上げた。足をかけるたびに金属音がするような無骨な長い階段の先に、薄ら日の光が見える。
「隠れ家的なカフェとして、ひそかに人気なんですよ。人間にも、魔法族にも。」
そう言いつつイレールはドアをギイッと開けた。
―――「いらっしゃいやでーーーーーー!」
金髪のゆるい癖のあるボブヘアーの活発そうな若い女性が、ドアを開けるや否や二人を出迎えた。小柄で百合よりも小さく、ピンクを基調としたエプロンドレスが良く似合っている。
「おお~!イレールさんやないの!相変わらずイイ男やなぁ~うちの旦那もこんなやったらよかったのになぁ~~!」
キッチンの奥のほうへと顔を向けた彼女に合わせて、百合も視線を飛ばした。
「………。」
そこには目つきの鋭い小柄な若い男性がいて、言葉も発せず不愛想に彼女の視線に応えた。
彼女と同じゆるい癖のある金髪を胸辺りまでのばして、前髪をオールバックにしており、なかなかの強面だ。
「嫉妬しとるんか?安心せい!うちには結局のところはあんたしかおらんさかい。」
「うん?うまいこと言うなハニーって?そげなときだけハニーって呼ばずに、いつも呼んで欲しいねんけどなぁ~~!」
「せやねん!うちあんた大好きや!今頃気づいたんかい!」
百合は二人のやり取り(?)を呆然と眺めていた。
「長いこと彼らとは交流があるんですが、未だかつて彼がしゃべるのを見たことがないんですよ。でも、二人の間では会話が成立しているので……とても不思議です。」
こっそりとイレールが百合に耳打ちする。
「それは、ある意味すごいですね……。奥さんも色んな方言が混ざっていますし…そういえば人の形してるんですね?シルさんの話だと色々な動物が混ざった姿をしてるってありましたけど…」
「ここは人間も来るので、魔法で姿を変えているんです。本来の姿はそうですよ。」
「んで、今日はかわいい子をたらし込みに来たん?イレールさんもやるなぁ!うちをたらし込んでほしいとこやで!」
いつの間にか会話を終えた奥さんが、むふふっと笑って、イレールを冷かす。
彼は顔を困ったようにしかめる。
「たらし込むなんて人聞きの悪いこと言わないでくださいよ、ポーラ……。」
「イレールさんはそんな人じゃないですよ!」
百合も思わず発言する。
「大人しそうに見えてしっかり言う子やな!えらいえらい。冗談や。ちゃんと理由があるんやろ?そこ座りぃ~~」
二人をその奥さん――ポーラはカウンター席に座らせた。
イレールは端的に、キキーモラの布が欲しいことを説明する。
「大変貴重な物だとは分かっていますが、私がその対価としてご用意できる物と何か交換していただけないでしょうか?魔法界に人間界…存在するほぼすべての鉱物は所有しています。貴重なものでも全然構いません。いかがでしょうか?」
ここで断られてしまっては元も子もないので、イレールは大きく出る。
ポーラは顎に人差し指を持ってきて考え込んでいたが、ニカっと笑った。
「ええで!対価はいらん。もってけ泥棒!」
親指を突き立てて一言で了承する。
「本当ですか!ありがとうございます!」
イレールの表情に安堵の色が見えた。
「いつもコーヒー豆買っていってくれるやろ?しかも、へへ…そのたびに目の保養をさせてもらっとるさかい、特別や!ちょっと待っとき~~」
そう言って、店の奥へ布を取りに行く。
「はぁ…良かった。これで堂々と店に戻ることができます。」
「すみません……私もこういうときに役に立てたらいいんですけど…」
息をついたイレールに、百合は申し訳なさそうに言った。
イレールは百合の頭をぽんぽんとなでる。
「そんなこと気にする必要ありません。貴女が隣にいるから、私は何を賭けてもいいと思えるんですよ。」
“オブシディアン”の瞳が揺れた―――
(それは……誰かに見られているから、しっかり頑張らなきゃって感情ですか?その誰かは……私、である必要は……ないんですよね?)
不意にそんなことを思ってしまった
「ほらっ!これやろ……?もって、きたでぇ……!…重いねん!」
シルクのようになだらかで透き通るように白い大きな布を、絨毯のようにクルクルと巻き締めて、よろよろとよろけながら、ポーラが運んでくる。
よろよろよろ……
あっちへフラフラ、こっちへフラフラ…見ていてとても危なっかしい。
「―――っとと!うぎゃぁーーーーー!」
ポーラはとうとう体勢を崩し――前のめりに倒れる
ガシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
巻き締められた布の巻物は丸テーブルに激突して、それを引き倒し、上に載っていた砂糖のビンやメニューも盛大に辺りに散乱する――が。
「ポーラ!!」
―――とさ……と軽い音がして、イレールが彼女を抱き留めた
彼の左腕がポーラの肩に回され、彼女も顔がイレールの黒いコートに埋まって、彼に深く身を寄せている。
――ズキ……ン
その光景を見た百合は胸がきしむように痛んだ―――
「―――いた!――くない?」
目をぎゅっとつぶったポーラは、自分がイレールにしっかり抱き留められていることに気づいて大きく安堵のため息をもらす。
「はぁ……おおきにやで。」
「けがはありませんね………………」
イレールも安心したように言うと、左腕の抱擁をといて、身を引こうとした。
「――――!?ちょっと!何やってるんですか!いい加減、離してください!!」
―――ぎゅう~
「これを逃したらイレールさんに抱き着ける機会は一生ないはずや!今のうちに堪能しとかんと!」
「―――冗談じゃありません!やめてください!!」
少し怒ったような口調になって、強引にポーラを引きはがす。
「いたた!そんなにむきにならんでも……」
彼に引っ張られた右腕をさすりながら、ポーラは彼から離れる。
「まったく……。そういう思いを持って抱き着くのでしたら、ぜひ旦那様になさってください。」
不機嫌な顔をしながらも、激しくなり過ぎないよう語尾を弱めて言い、イレールはポーラの持ってきた布の巻物を拾い上げる。
「かんにんな、イレールさん。今度は純粋にその子とゆっくり来てくれなはれや。」
ポーラは、床に倒れたテーブルやメニューをもとの位置に戻している百合のほうをちらっと見て、申し訳なさそうに素直に謝った。
「……こちらのほうこそ、つい力がこもってしまい、すみません。」
平生の穏やかな表情に戻った彼も謝る。
「ありがとうね、嬢ちゃん。それはそのままでえぇねんで。掃除も家事や!キキーモラの得意分野やさかい。」
「えっと……じゃあここまで。」
百合は木調の漆のつやつやした椅子をもとの位置に置く。
「すみません、百合さん!あぁ!床に散らばった砂糖をわざわざ手で集めていたんですか?!手が砂糖まみれです!」
そう言ってイレールは手についた砂糖をはらってくれる。
(イレールさんって、どうしてこんなに優しいんだろう?誰にでも…真摯に向き合ってくれる……さっきだって、ポーラさんを身を挺して助けて…。私のこともすごく気にかけてくれてる。イレールさんと私との間には強い絆があるとは言えるけど……その絆の名前は、何?友だち、妹みたいな存在……?私への優しさは……どんな感情に基づくものなの、かな………?)
彼女は人知れず、”オブシディアン”の瞳を揺らしていた。




