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純白の魔法世界に共産の真赤を  作者: おとぎ長
第一章 赤の真価は、魔法で進化する

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6/8

六 魔力

 夜のあいだ、私は眠らなかった。眠れなかったのではなく、眠くならなかった。

 サーリは、私の肩から寝台へ移してやると、そのまま朝まで一度も目を覚まさなかった。私は暗い部屋で、織機の糸が月明かりを受けているのを、ずっと眺めていた。

 

 夜明け前に、サーリが起きた。

 寝ぼけた顔で寝台を下り、戸口の脇の棚へ手を伸ばす。そこに、小さな真鍮の灯りが置いてあった。油を入れる皿はなく、代わりに、親指の先ほどの青白い石が、金具に嵌めこまれている。

 サーリが、その石に指先を触れた。

 石が、光った。

 炎ではなかった。揺れもせず、煙も出ない。石の内側から、乳白色の光が静かに滲み出して、部屋の隅々まで届いた。

 

「……それは、何かな」

「灯り」

「いや、そうではなく。どういう仕組みで光っている」

 サーリは、変なことを訊く人だという顔をした。

「魔石だよ。触って、魔力を入れたら、光る」

 魔力、と彼女は言った。何でもない言葉のように。

 

 私は寝台から立ち上がり、棚の前に屈みこんだ。

 石は、手のひらに載せるとわずかに温かかった。金具の縁には、細かな文字が刻まれている。どこの言葉とも知れない、角ばった文字だった。

 蛍光物質か、と考えた。あるいは燐光か、何かの化学反応か。だが、指で触れたものが発光する仕組みを、私は一つも思いつけなかった。

 そもそも、死んだ人間が他人の体で起き上がっている時点で、私の知っている物理は役に立っていない。唯物論者としては、まことに肩身が狭い。

 

「消して、もう一度点けてみてもらえるかな」

 サーリが石を軽く叩くと、光は消えた。もう一度触れる。また点いた。

「私にも、できるだろうか」

「お兄ちゃんの体なんだから、できると思うけど」

 サーリが灯りを消し、私に場所を譲った。

 私は、石に指を当てた。

 何も起きなかった。

 押してみた。撫でてみた。息を詰めてみた。光れ、と念じてもみた。前の世界でこんなことをしている老人を見かけたら、私はたぶん、そっと目を逸らしただろう。

 石は、冷たいままだった。

 

「……おかしいな」

 サーリが横から覗きこみ、それから、私の手首を取った。脈を探すように、指を当てる。しばらくそうしてから、顔を上げた。

「ない」

「脈なら、昨日から」

「ちがう。魔力が、ない」

 サーリは、私の手首を離さなかった。

「生きてる人なら、だれでもちょっとはあるの。赤ちゃんでも、お年寄りでも。触ると、あったかい感じがする。おじさんは、それが、ぜんぜんない」

「死んでいるからだろうね」

「……たぶん」

 サーリは手を離して、灯りに目を落とした。

「お兄ちゃんは、点けられたのに」

 

 そのとき初めて、サーリの顔に、昨日とは違う種類の不安が浮かんだ。

「坑道の魔導具って、ぜんぶ魔石を使ってるの」

 サーリは指を折った。

「灯りも、水を汲み出すのも、岩を割るのも。魔石を入れて、人が魔力で点けて、動かすの。お兄ちゃんは、その点け役だった。魔力が多かったから、ほかの人より長く動かせて、お給金も少しよかった」

「点けられなければ」

「……働けない」

 

 サーリは棚の上の小さな缶を取り、中身を床に広げた。大きめな硬貨が何枚かと、穴の開いた小さな硬貨が少し。私は数えなかった。数えなくても、多くないことは分かった。

「わたしの織り賃と、これで、たぶん十日。家賃が来たら、もっと少ない」

 サーリは十本の指を開いて、一本ずつ折っていった。三本折ったところで、手が止まった。

「親方は、明日までに来なかったら、別の人を入れるって」

 

 私は、自分の右手を見た。

 布の下で膿んだ傷。脈のない手首。魔力の通わない指。

 前の世界では、働く者の権利について、何百枚もビラを書いた。働けない者を支える仕組みについて、何度も役所に掛け合った。

 この世界で、私自身が、働けない者になっていた。

 死人には、働き口がない。考えてみれば当たり前のことだった。

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