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純白の魔法世界に共産の真赤を  作者: おとぎ長
第一章 赤の真価は、魔法で進化する

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5/8

五 わりぃわりぃ

 どれくらい黙っていたのか、分からない。

 窓の光が少し傾いたころ、私は寝台から下りて、織機のそばまで歩いた。サーリは床に座り込んで、膝を抱えていた。

 私は少し離れたところに、腰を下ろした。

 

 言うべきことは、頭の中にいくつも並んでいた。

 あの場で庇えば、ケルドの死が知られた。死者に布を巻いたことが知られれば、君が罰を受けた。だから黙った。あれは、君を守るための判断だった。

 どれも本当のことだった。そして、どれも言い訳だった。

 前の世界で、私はこうやって、正しい理由を並べて、相手を黙らせてきた。

 

「すまなかった」

 それだけ言った。

 サーリが、膝の間から顔を少しだけ上げた。

「……なんで謝るの」

「君は正しかった。それなのに私は、君が嘘つき扱いされるのを、黙って見ていた」

「何も言わないのが、正解だよ」

 思いがけず、はっきりした声だった。

「言ってたら、わたしが死んだ人に魔法陣を使ったって、ばれてた。そしたら教会の人が来て、わたしも、あなたも、たぶん燃やされてた。だから、黙ってたのは正しい」

 十三歳の子どもの口から、筋の通った理屈が、淀みなく出てきた。私は少し驚いた。

 サーリは、また膝に顔を埋めた。

「……でも、いやだった」

「ああ」

 私は頷いた。

「私も、いやだった」

 

 しばらくして、サーリのお腹が鳴った。

 思い出して、私は手の中の黒パンを見た。三日間、この子はたぶん、何も食べていない。

 パンを半分に割ろうとして、やめた。自分が食べられるのかどうかも分からない体に、半分も要らない。

 丸ごと、サーリの膝の上に置いた。

「……あなたは」

「私は、たぶん要らない。脈もないしね」

「それ、冗談?」

「半分くらいは」

 サーリは私の顔をじっと見て、それからパンをちぎって口に入れた。一口目はゆっくりで、二口目からは早かった。

 

「あのね」

 パンを半分ほど食べたところで、サーリが言った。

「お兄ちゃんのふり、するんでしょ。だったら、ちゃんとしてくれないと困る」

「さっきは、うまくいった」

「うまくいってない。ダッカがばかだから、ばれなかっただけ」

 容赦がなかった。

「お兄ちゃんは、『面目ない』なんて言わない。『わりぃわりぃ』って言うの。あと、なにか言ったあとに、絶対ちょっと笑う」

「わりぃわりぃ」

「ちがう。もっと軽く。悪いと思ってない感じで」

「……わりぃ、わりぃ」

「笑ってない」

 笑えと言われて笑うのは、七十年あまり生きても難しかった。口の端を持ち上げてみる。サーリの顔が、なんとも言えない形に歪んだ。

「……こわい」

「そうだろうね」

「お兄ちゃんの顔で、そういうこと言わないで」

 サーリは顔を背けたが、肩が、ほんの少しだけ震えていた。泣いているのか、笑いをこらえているのか、私には分からなかった。分からないまま、それ以上は訊かなかった。

 

「あなたのことは、なんて呼べばいいの」

「好きに呼べばいい。名前は、向こうに置いてきた」

「じゃあ、おじさん」

「……兄の顔をした者を、そう呼ぶのかね」

「だって、おじさんだもん」

 反論の言葉が、珍しく一つも浮かばなかった。

 

 そのとき、サーリが、こくりと船を漕いだ。三日分の眠気が、腹が満ちたところで、一度に来たのだろう。

 小さな頭が、私の肩に傾いてきた。

 私の右手が、勝手に動いた。

 包帯の巻かれた手が、サーリの髪に触れ、二度、ゆっくりと撫でた。私がそうしようと思ったのではなかった。手のほうが、そうするものだと知っていた。

 サーリの体が、ぴたりと止まった。

「……それ」

 かすれた声だった。

「それ、お兄ちゃんの」

 サーリは顔を上げなかった。私の肩に額を押しつけたまま、初めて、声を上げて泣いた。

 

 私は、手を止めなかった。

 止め方が、分からなかった。止めるべきではないことだけは、分かった。

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