五 わりぃわりぃ
どれくらい黙っていたのか、分からない。
窓の光が少し傾いたころ、私は寝台から下りて、織機のそばまで歩いた。サーリは床に座り込んで、膝を抱えていた。
私は少し離れたところに、腰を下ろした。
言うべきことは、頭の中にいくつも並んでいた。
あの場で庇えば、ケルドの死が知られた。死者に布を巻いたことが知られれば、君が罰を受けた。だから黙った。あれは、君を守るための判断だった。
どれも本当のことだった。そして、どれも言い訳だった。
前の世界で、私はこうやって、正しい理由を並べて、相手を黙らせてきた。
「すまなかった」
それだけ言った。
サーリが、膝の間から顔を少しだけ上げた。
「……なんで謝るの」
「君は正しかった。それなのに私は、君が嘘つき扱いされるのを、黙って見ていた」
「何も言わないのが、正解だよ」
思いがけず、はっきりした声だった。
「言ってたら、わたしが死んだ人に魔法陣を使ったって、ばれてた。そしたら教会の人が来て、わたしも、あなたも、たぶん燃やされてた。だから、黙ってたのは正しい」
十三歳の子どもの口から、筋の通った理屈が、淀みなく出てきた。私は少し驚いた。
サーリは、また膝に顔を埋めた。
「……でも、いやだった」
「ああ」
私は頷いた。
「私も、いやだった」
しばらくして、サーリのお腹が鳴った。
思い出して、私は手の中の黒パンを見た。三日間、この子はたぶん、何も食べていない。
パンを半分に割ろうとして、やめた。自分が食べられるのかどうかも分からない体に、半分も要らない。
丸ごと、サーリの膝の上に置いた。
「……あなたは」
「私は、たぶん要らない。脈もないしね」
「それ、冗談?」
「半分くらいは」
サーリは私の顔をじっと見て、それからパンをちぎって口に入れた。一口目はゆっくりで、二口目からは早かった。
「あのね」
パンを半分ほど食べたところで、サーリが言った。
「お兄ちゃんのふり、するんでしょ。だったら、ちゃんとしてくれないと困る」
「さっきは、うまくいった」
「うまくいってない。ダッカがばかだから、ばれなかっただけ」
容赦がなかった。
「お兄ちゃんは、『面目ない』なんて言わない。『わりぃわりぃ』って言うの。あと、なにか言ったあとに、絶対ちょっと笑う」
「わりぃわりぃ」
「ちがう。もっと軽く。悪いと思ってない感じで」
「……わりぃ、わりぃ」
「笑ってない」
笑えと言われて笑うのは、七十年あまり生きても難しかった。口の端を持ち上げてみる。サーリの顔が、なんとも言えない形に歪んだ。
「……こわい」
「そうだろうね」
「お兄ちゃんの顔で、そういうこと言わないで」
サーリは顔を背けたが、肩が、ほんの少しだけ震えていた。泣いているのか、笑いをこらえているのか、私には分からなかった。分からないまま、それ以上は訊かなかった。
「あなたのことは、なんて呼べばいいの」
「好きに呼べばいい。名前は、向こうに置いてきた」
「じゃあ、おじさん」
「……兄の顔をした者を、そう呼ぶのかね」
「だって、おじさんだもん」
反論の言葉が、珍しく一つも浮かばなかった。
そのとき、サーリが、こくりと船を漕いだ。三日分の眠気が、腹が満ちたところで、一度に来たのだろう。
小さな頭が、私の肩に傾いてきた。
私の右手が、勝手に動いた。
包帯の巻かれた手が、サーリの髪に触れ、二度、ゆっくりと撫でた。私がそうしようと思ったのではなかった。手のほうが、そうするものだと知っていた。
サーリの体が、ぴたりと止まった。
「……それ」
かすれた声だった。
「それ、お兄ちゃんの」
サーリは顔を上げなかった。私の肩に額を押しつけたまま、初めて、声を上げて泣いた。
私は、手を止めなかった。
止め方が、分からなかった。止めるべきではないことだけは、分かった。




