二 再誕?
目を開けると、天井に染みがなかった。
代わりに、黒ずんだ梁が何本も渡っていて、その隙間に蜘蛛の巣が光っていた。窓から差す光は白く、埃がゆっくり回っている。
日本列島は、どこにもない。
死に損なったのだと思った。誰かが見つけて、病院に運んだのだろう。余計なことをする、と思いかけて、すぐにおかしいと気づいた。
胸が痛くない。ただ痛みが引いたのではなく、何か違和感がある。
自分が呼吸をしていないことに気がついた。慌てて息を吸うが、そもそも息をしていなくても苦しくなかった。
右手が重い。持ち上げると、掌から手首まで、布が巻かれていた。
包帯にしては目が詰まっていて、細かい模様が織り込んである。幾何学的な線が、互いに絡み合いながら、どこまでも途切れずに続いていた。その奥に、膿んだ傷が透けて見えた。
指先に、布の感触がある。
さっきまで撫でていた布と、よく似ていた。
それから、手そのものに目がいった。
若い。節くれてはいるが、皺がない。爪の間に、黒い砂のようなものが詰まっている。私の手ではなかった。七十年あまり使った、染みだらけの手ではなかった。
寝台の脇で、何かが身じろぎした。
少女だった。床に座り込んだまま、寝台の縁に突っ伏して眠っている。十二、三歳だろうか。指先が糸くずと染料で汚れていて、目の下に、何日も眠っていない者の色があった。
部屋の隅には、古い木の織機が据えてあった。
少女が顔を上げた。
私と目が合い、しばらく動かなかった。それから、唇が震えた。
「……お兄ちゃん」
かすれた声だった。少女は寝台に這い上がり、私の胸に顔を押しつけた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……ごめんね、ごめんね、遅くなって……」
胸の上で、少女の肩が震えている。熱い。生きている者の体は、こんなに熱かったかと思った。
私の胸は、たぶん冷たいはずだった。
何か言わなければならない。人違いだと。私は君の兄ではないと。
「……お嬢さん」
喉から出たのは、若い男の声だった。それが、私の言葉づかいで続いた。
「大変申し訳ないのだが、お人違いをされておられるようで」
少女の震えが、止まった。
ゆっくりと顔を上げる。泣き腫らした目が、私の顔を見て、それから、私の口元を見た。
「……お兄ちゃんは、そんなしゃべり方、しない」
部屋が静かになった。織機の上で、張ったままの糸が、風もないのに小さく鳴った。
少女は寝台から下りて、一歩、後ずさった。
私は、包帯の巻かれた右手を見下ろした。
脈はない。傷は膿んでいる。布の下から、かすかに、甘いような匂いがしていた。
あのアパートの私の体も、いまごろ同じ匂いをさせているのだろう。郵便受けから機関紙が溢れるまで、まだ何日かかかる。
なるほど、と思った。
どうやら、死んだ別人の身体で私は復活したらしい。




