昔話 ⑤
屋敷内の灯りが消え、庭に置いてある街灯だけが辺りを照らしていた。
街にある人々の生活を照らす光は、消えて行き
誰もが寝静まっている中で、一つの部屋だけが灯火していた。
エルサナは皆が寝静まった頃合いをみて、起き上がり
クローゼットの奥にしまい込んでいた服を取り出す。
普段着る服は、丈が長く引きずるほど長いドレスや
色鮮やかなスカートに、装飾がちりばめられたもの
如何にも貴族らしい服装であったが、現在着替えたのは
無地の灰色のブラウスに、黒いズボン
黒い革靴を履いただけのシンプルなコーデ。
顔を隠せるほどの大きな帽子をかぶり、トランクを持ち
部屋の窓を静かに開けた。
ベッドの下に隠してあったロープを垂れさせ、ベッドの柱に結び付けた。
最初はトランクを降ろし、次に自身がロープを伝い
音を出さぬよう、慎重に庭に降りた。
多くの貴族は、不審な者を入れぬ様にと高い塀を作り
屋敷を囲うようにしてあるのだが、エルサナの父親は自然の風景を楽しみたいとの
理由で、塀は作らず代わりに木を植え森のように囲っていた。
エルサナは足早に庭を駆け抜けた。
誰にも見られないように、木々の間を通り屋敷を出る。
メモは残さなかった。
父親と母親には最後まで話をせず、別れの挨拶はしなかった。
使用人全員に挨拶が出来ただけで、エルサナは満足だった。
エルサナは屋敷を出てから、街の出入りが出来る門へ向かう。
門までの距離は徒歩で20分程度なので
走ればすぐに着いた。
門には警備員がおり、いつもなら巡回しているが、今夜は酒に溺れ眠っている…
どうして分かるのか、その理由は―――――
「お待たせしました」
エルサナは、門の出入り口付近で待っている人影に話しかけた。
人影は顔を覆えるほどの深いフードを被っていて、到着したエルサナに近づく。
「良かった、バレずに来れて。
・・・・荷物はこれだけでいいのか?」
「はい もう、わたしには必要ありません」
「そうか…すまない。
時間が惜しいな、早速港に急ごう」
「はい、ありがとうございます。兄さま」
フードを外し、暗闇から黒い馬を連れ現れたのは、長兄の兄だった。
********
母様の本心を知って、わたしは床に敷いてある絨毯を見つめているしかできなかった。
どれほどの時間が経ったのだろうか…
時計の針の音がカチ、カチ、と嫌に響く。
自分の生命力が吸われていくような、命を終わらせる時間を刻々と示しているようだ。
この長い静寂を打ち破ったのは、一つのノック音だった。
「エル…入ってもいいかい?」
長兄の兄が部屋に入る。
わたしは放心したまま、兄さまに視線を移す。
わたしがどんな顔で兄さまを見たのか、今では確かめようはないが
あの時の兄さまの驚き、悲しい表情は一生忘れることはないだろう。
「エル、母様の執務室で何か話をしたのかい?
俺も用事があって、廊下の隅で待ってたんだ…
そしたらエルが悲しい顔をして出てきたから、何かあったとおもって…」
兄さまはわたしの隣に座り、優しく話しかけてくれた。
「母様に聞いても答えてくれなくてな…
もし、話せるようなら聞いてもいいかい?」
わたしは今日経験したこと、会話の内容を淡々とつぶやくように話をした。
一切感情のない、無の状態で…
口だけが動き、体と心は動かなかった。
まるで壊れた人形のように、わたしは兄さまに聞かせた。
自分が、どんな風に話をしたのかは、あやふやだが
兄さまは何も言わず、黙って聞いてくれた。
話しは終え、兄さまは目を閉じたまま両手を握り
項垂れながら言う。
「そうか…母様…やはり…」
「やは…り…?」
兄さまが何を言っているのか、理解できなかったが
良い事ではないだろうと直感した…
嫌なことはなぜか続くもので、世の中が弱者にとって生きづらい証拠だろう。
リアンと会って帰るときは、あんなに楽しかったのに…
今は、深い海の底を歩いていると錯覚するほど、体に重くのしかかる。
「薄々感じてたんだ、母様がエルに対してだけ
やけに冷たいと…」
「冷たい、ですか…わたしはこれまで
母様が冷たいとは思ったことはありません」
「エル、本当にそう思っているのか?
今回の事で分かっただろう。母様は悪意を持ってエルの事を傷つけた」
「どうして?確かに今回、母様にひどく言われましたが
それは、わたしが魔女になりたいと言ったのもありますし、
わたしが出来の悪い娘だから…
母様もイライラしてて、ああいった可能性が―――――」
兄さまは、両手でわたしの肩を掴み、切実な声で問いかける。
「本気でそう思っているのか?気づかないふりして、これ以上傷つかないようにって
無意識に心に蓋をし、知らないふりをしているだけじゃないのか?」
「そ、そん…な ことは…」
「エル!
俺も同罪だ。
違和感に気づいていながら、忙しい事を理由に何もしなかった。
もっと、お前と時間をとって、話を聞いてあげれば良かったと後悔している」
顔をゆがませながら、兄さまはさらに手に力を込め、わたしの肩を強く掴む。
ここまで感情的になる兄さまを、初めて視た。
「もっと自分の事を大切にして欲しい。
俺は…エルがいつも笑顔でいる姿が大好きだ。
楽しそうに本を読んでいたり
人との会話が苦手で無表情に固まっているのも
料理が苦手で不器用で、片付けが出来ないところも…
沢山あるけど、一番は
誰に対しても平等で優しい。
出来が悪いなんて思ったことはない。
どんな姿でも長所も短所も含めて、エルは俺の自慢の妹だ」
いまにも泣きそうな表情をしている兄さま…
わたしの事を必死に褒めてくれる。
・・・・・・・いや
ただ褒めているだけじゃない
兄さまは、わたしを――――――
その瞬間、わたしの中で何かが崩壊した。
長年溜めていた得体の知れないモノが、崩壊したダムみたく
流れていく。
わたしは兄さまに抱き着き咽び泣いた。
ずっと溜めていた感情が、魂の叫びが、胸を裂くようにあふれ出る。
認めたくない…
認めてしまえば、つらいから、苦しいから…
・・・・でも
兄さまの言葉を聞いて、わたしは認めた…
母様は、わたしを愛してなどいない―――――
*********
それから、兄さまの計画通りに行動した。
反発する態度をみせたら自由を奪われると考え、表向きは
侯爵家に嫁ぐことを決めたように振舞い、この日の為に準備を進めた。
買い出しの時に、派手なドレスに紛れ、目立たない服を同時に買い。
ロープなども揃えた。
家庭教師を雇ったのも、これから一人で生活をしなければならないので
世間の事、世界がどうなっているのか、出来る限り頭に叩き込んだ。
最悪、お金がなく食べるものがない事も想定し
生物についても学んだ。
どの実が薬草が食べられるのか、魚に、獣の生態…
体力もなかったので、食事から気を付けるようにし
なるべく外を出歩いたりした。
出来ることはやったつもりだが、やはり今後の不安は消えない・・・・
そうこう考えている内に、港に到着した。
夜間なので港特有のにぎやかさはなかったが、ちらほらと
船の周りに人がいる。
いくつも荷物を抱えている人もいれば、ほとんど手ぶらでの人もいたり、
少人数で集まり、地図を広げワイワイ騒ぎ、楽しそうに会話をしているグループ。
旅人に、仕事の者、旅行者・・・・皆、目的がバラバラの人達
私は、この船に乗って遠くの国に行く。
馬に乗っていると目立つので、港に着いた時、直ぐに降りた。
降りたというより、兄さまに降ろしてもらった。
前にわたしが乗り、後ろで兄さまが乗る状態でここまで来たのだ。
「相変わらず乗馬は苦手だな」
兄さまは笑いながら言う。
幼い頃に教えてもらったが、一向に上達せずそのままフェードアウトした。
「乗馬ばかりは慣れないです」
「いつかどこかで、馬に乗る機会があったらどうするんだ?」
「その時は…誰かが乗せてくれるでしょう」
他愛のない会話をして、乗船手続きをした
普通なら、貴族がこんな夜中の船に乗るなんてあり得ないのだが
エルサナ達は貴族らしくない、みすぼらしい恰好だったので
スムーズに買えた。
船の出発まで少しだけ時間があったので、エルサナは兄に聞いた。
「…兄さま、どうしてこのようなことを?」
「なんだエル?魔法を学びたくないのか?」
「そういう訳ではありません…でも、今更ですが
このようなことをして大丈夫でしょうか」
兄さまは終始笑顔で答える。
「家の事は心配しなくていい…それよりも、俺は
エルが好きなことをして、楽しく過ごしてくれればいいんだ。
・・・・・・・それにな」
「それに?」
「実は俺、魔法使いになりたかったんだ…」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回は 9月24日 17時30分を予定しております。
「面白い」「応援したい」と思ってくださったら☆やブクマをよろしくお願いします。
読んでくださるだけでも執筆の励みになります。




