昔話 ④
わたしは血の気が引き、母様を視る。
「母様、これは…」
「見ての通り婚約書です。
今年、学校を卒業したら侯爵家に嫁ぐのです。
安心なさい跡取りの方は聡明でお優しいとの噂よ、勤勉で教養がある知識豊富な女性を求めているとのことです。
あなたが成績を落とした時は心配したけど、なんとか戻してくれて良かったわ」
急に耳が遠くなる感じがした、母様は何を言っているのか
脳が気持ちが理解したくないのか、ふらつく足元で何とか立っていた。
「あ、あの…母様…」
「何かしら」
蚊の鳴く様な声でわたしはなんとか絞り出す。
「成績が落ちて、勉強するようにと言ったのは…」
「この為よ。いったでしょう『勤勉』と…
ある程度、成績は良くないといけないわ
知識の方は大丈夫よね。
あなた本ばかり読んでいたから、知識だけはあるものね――――」
鼓動が激しく波打ち、喉が締め付けられていく。
目が泳ぎ焦点が合わない
自分が今この瞬間にも息をしているのかさえ分からなかった。
「魔女になりたいといったことは、聞かなかったことにします。
用が済んだのなら自室に戻りなさい、嫁ぐ前に肌が荒れてはいけません」
母様が部屋のドアノブを回そうとした時
わたしは声を張り上げた。
「か、母様!わたしは幼い頃から本を読んでいる時
母様が褒めて下さったのが嬉しくて…
それで、褒めてほしくて本を読んでました!
確かに他の兄姉達と比べ出来が悪かったと思います…
父様は諦めて無視されますが、母様は…昔と変わらず接してくれました!」
エルサナは母の腕にしがみつき、いまにも泣きそうな顔で話す。
「嘘ですよね…褒めてくれたのも
成績の件もぜんぶ…わたしのため、ですよね…?」
そうであって…嘘だと言って欲しい―――――だが
わたしの気持ちとは裏腹に母様は小さくため息をついて
真っすぐ わたしを視て答えた。
「だってあなた、本読むしか取り柄ないじゃない。
他に褒めるところないから仕方なく言ってあげたの…
将来も決められないし、せめて一族の血を残すことだけは出来るから、
丁度いい婚約者を私自ら探してあげてたのよ。
褒めるべきは、無能なあなたにわざわざ褒めてあげた私よ」
母はエルサナの腕を振りほどき、ドアを開けた。
「魔女の事は忘れて、一族の恥にならないよう侯爵家の跡取りに好かれるために
これまで以上に勉強しなさい。
話しは終わりよ。 おやすみ エルサナ」
わたしは自室に戻り、ベッドに座り込む。
どうやって部屋まで戻って来たのか記憶が曖昧だった。
覚えているのは、部屋を出た時に後ろの方からバタンと、扉を閉める音がしただけ…
虚ろな目で床に敷いてある絨毯を見つめる。
美しく汚れ一つない綺麗な琥珀色をしていて
無地で模様のない絨毯から、ひとつ、またひとつと
黒い斑点模様が出来ていく。
斑点はわたしから流れている涙で、頬を伝い下に落ちていく。
わたしは、荒れることも叫ぶこともしなかった
ただ感情もなく、涙だけを流していた。
********
15を迎えたエルサナは、より一層美しい姿に成長した。
綺麗なホワイトブロンズの髪が揺らめき、自身の顔に似合った化粧を覚え
身体も大人へと少しづつ変化していく
服装もスタイルを良く見せるための服に変え、食事も意識しはじめ
健康に気を使ったメニューに変更した。
大好きだった読書を止め、今まで以上に勉学に励み
学生最後の学期は、常に成績トップを維持した。
苦手な生物、地理、世界史を重点的に教えてもらう為
最後の追い込みをしたいと、エルサナ自身申し出て、家庭教師を雇ったのだ。
卒業は夏ごろの予定、その後すぐに、
侯爵家に嫁ぐことが決定したというのもあり
万全な準備を始めていた。
エルサナの変化は目を見張るものがあり
積極的に人と話したり、休日は読書ばかりで屋敷から出なかったのだが
今は、自ら進んでお出かけをし、新しい服に靴、向こうは暑いからと
帽子など使用人と共に買い物をしていて
使用人たちの間でも、良い方向に変化して良かったと安堵していた。
あの一件以来 母親とは会話をしておらず
会いたくないのか、エルサナは食事の時間をずらしたり
母親が執務室で仕事をしている時に、出かけたり
部屋で家庭教師と勉強したりと、すれ違わない様にしていた。
使用人たちも気を使い、それぞれの時間割を把握し、エルサナが出発する
その日まで、親子がバッタリ会わないように心がけていた。
*******
緑の葉が色鮮やかに道に並び、日差しが地面を照らしている今日この頃
エルサナは学校を卒業をした。
同級生達が泣きながらお別れをしている中
エルサナは教師陣、学長に挨拶を済ませ
さっさと屋敷に帰宅した。
実は侯爵家に嫁ぐ日が早まり、出発は明日に変更になった。
使用人たちは慌てて出発準備で大忙しだった。
馬車の準備に、ここでの最後の夕食になるからと、エルサナの好物をふんだんに
使った料理を作っていたりと忙しなく動いていた。
一人の使用人が、エルサナの準備を手伝おうと部屋に入ると
エルサナは窓辺に座り珍しく読書をしていた。
「お嬢様 明日の支度をお手伝いに来ました」
使用人は大きめのトランクを三つ用意してきたが
エルサナは断った。
「ありがとう。でも必要ないわ、もう自分で済ませたから」
ベッドに片手で持てるサイズのトランクが置いてあった。
「一つだけでよろしいのですか?
お嬢様がこれまでにお使いになっていた香水、道具、服などは・・・・」
「全部置いて行くわ。服は好きに使っていいし、わたしが出て行った時
部屋にあるもの全部処分して、綺麗に掃除をしといて」
「・・・・・・本は、どうなさいますか?」
使用人は恐る恐る聞いた、
エルサナはこれまで明るく振舞っていたが、やはりショックなのだろう
自身のお気に入りの服や思い出の品をすべて置いていき
処分してほしいというのだ…
「本も置いていきますが、孤児院や図書などに寄付をお願いできるかしら」
エルサナは、本を撫でながら顔を俯かせ静かにいう。
使用人は「承知いたしました」としか言葉が出なかった。
今日は最後の日…使用人は少しでも励まそうと提案した
「お嬢様 もしよろしければ、紅茶をお持ちしても…
久しぶりに読書をされていらっしゃるので、お嬢様の好きな
フレーバーをお淹れ致します」
エルサナは窓の外に視線を移し、目を細め
数秒間黙っていた。
その数秒が使用人には何時間にも感じられた。
エルサナは、使用人の方に視線を戻し答えた。
「ありがとう。あなたの淹れる紅茶好きなの」
元気はないが、微笑みをみせるエルサナに
使用人は出来るだけ笑顔で答える。
「お嬢様のお好きなお菓子もご用意いたします」
*******
いつも通り、食事はエルサナ一人だけだったが
今夜は屋敷でとる最後の晩餐というのもあり
テーブルいっぱいに料理が運ばれた。
低温で調理した牛肉を入れたシチュー
石窯で焼いた米粉のパン
旬の野菜が入ったサラダ
高級マンゴー などなど
バイキング並みに沢山の
豪華な料理ばかりあった。
エルサナは料理人、使用人と一人一人に、御礼と別れの挨拶をし
ゆっくり味わいながら口に運ぶ。
途中一人で食べきれないと判断し、使用人や料理長も含め
皆で一緒に食べようとエルサナが提案した。
はじめは皆断っていたが、いつも一人で食事をしてたエルサナが
最後くらい誰かと一緒に食べたいという。
父様、母様には内密にすると約束し、一緒に食事をとった。
席数が足りないので、エルサナと料理長、メイド長だけ座り
他の者は立ちながら食事をとる形になった。
立食パーティーみたいな雰囲気で食事が始まる。
とても貴族の食事風景ではないが、エルサナは満足げな表情で
満腹になるまで食事を楽しんだ。
明日はいよいよ出発の日
朝の九時に屋敷を出る、エルサナは「朝食はいらない」と料理長に言い
「みんな、今までありがとう。最後の夕食は忘れないわ」
その言葉をいい残し、エルサナは自室に戻った。
使用人たちは黙々と夕食の片づけを開始した
いつもなら、多少の雑談を挟みながら作業をするのだが
この日 誰も言葉を発しず静かに進められた―――――
朝を告げる鐘が街に鳴り響く
空は鮮やかなブルーに覆われ、散りばめられている雲が、塗り残した白いキャンパスに見えた。
緑豊かな木々の上で、鳥が忙しなく鳴り続ける。
時刻を知らせる針は、八時を指そうとしていた
今だエルサナは自室から出てこない
使用人たちは気を使い、本人が出てくるのを待っていたが
遅れるわけにはいかないので、部屋をノックした。
「お嬢様 入ってもよろしいでしょうか?」
返事はない
不安になり扉を開けると
部屋の窓は開いており、エルサナが寝ているであろうベッドは
もぬけの殻だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回は 9月22日 17時30分を予定しております。
「面白い」「応援したい」と思ってくださったら☆やブクマをよろしくお願いします。
読んでくださるだけでも執筆の励みになります。




