第五話 六二一番
顔を上げると、男が立っていた。
紅い髪。前髪に一房だけ、金色。
背は俺より少し高い。十五にしては胸板がある。外套は白かったはずのやつで、洗いすぎて灰色に近い。裾が焦げていた。
背中に、剣を背負っていた。刀身だけで二メートルはある両手剣で、正直、笑いそうになった。体格に対して剣がでかすぎる。子供が父親の剣を担いでいるみたいだった。
「……誰だよ」
「六二一番。アーサー・タプファーだ」
――六二一。
覚えていた。
器具が一瞬白く光って、誤作動だと言われて、無し・無しを告げられて、それで礼を言って笑った男。
「あの日、俺のあとにあんたの番が来た」
アーサーは、勝手に向かいに座った。
「鑑別器具が浮いたんだ。宙に浮いて、勝手に動いた。あんなの、あの列で一度きりだった」
「……」
「俺の番のときは、ぴくりとも動かなかったからな。だから覚えてる」
*
俺は、しばらく何も言えなかった。
喉のあたりで、言葉が全部つっかえていた。頭の中では十行くらい流れていたのに、口からは何も出ない。この癖は前世から一度も治っていない。
「……なんで俺を探した」
やっと出たのがそれだった。
「パーティを組みたい」
*
俺は勝った、と思った。
この一年で初めて、人を見る目のあるやつが現れた。実力を見抜けるやつが。上位クラスの価値が分かるやつが。
やっとだ。やっとまともなのが来た。
「いいよ」
なるべく興味なさそうに言った。それが交渉というものだと思っていた。
「ただ、俺は前衛も火力もやれるけど、指揮系は苦手だから」
「ああ、それは俺がやる」
「……ふうん」
「あと、もう一人いる」
*
女は、階段の下に立っていた。
桃色がかった金髪を肩まで伸ばして、結んでいない。翠色の目。背は俺の肩くらいしかない。つばの広い黒い帽子を持って、胸の前で抱えていた。
手に、木の杖。安物だ。節が残ってる。魔石も何も付いていない。
あの日、アーサーに駆け寄っていった女だった。
「グィネヴィア・リリアですわ」
名乗って、それから、俺のほうを見た。
「証書は?」
――一言目がそれだった。
「……ないよ」
「ない?」
「教会が、間違えたんだ」
五度目だ。
もう、口が勝手に動くようになっていた。
グィネヴィアは、何も言わなかった。
三秒か四秒、俺の顔を見ていた。アニェスが証書を見たのと同じくらいの時間だ。
それから、アーサーのほうを向いた。
「アーサー」
「見たんだ。俺は、あの日、見た」
「見たものと、通るものは違うわ」
いい台詞だな、と思った。腹は立ったが、そう思った。あとで知ったが、彼女は商人の娘で、父親の商会で帳簿を見て育っている。物の値打ちを紙で確かめる仕事だ。
「それに」
アーサーが言った。
「紙に何が書いてあるかで人を決めるのは、もうやめたんだ」
*
グィネヴィアは、それきり黙った。
その沈黙を、俺は自分への降参だと受け取った。
――言い返せなかったな、と思ったのだ。母のときと同じだ。俺はどうも、女が黙ると勝ったと思う癖があるらしい。
いま書き写していて気づいたが、俺は生涯で二度、その勘違いをして、二度とも同じ形で間違えている。
「……分かりましたわ」
グィネヴィアは帽子をかぶった。目が影に入って、表情が見えなくなった。
「ただ、一つだけ言っておきます。わたくしは、あなたを信じたわけではありません。アーサーが信じたから、賛成しただけ」
「別にいいよ」
俺は笑った。余裕のあるふりをした。
「実力で分からせるから」
「そうしていただけると助かりますわ。パーティ登録には三人要るので」
「おい」
アーサーが遮った。
「頭数で誘ったんじゃない」
グィネヴィアは何も言わなかった。
――俺は、そのやり取りの片方だけを覚えて帰った。
三年間、頭の中で繰り返し再生したのは、グィネヴィアの台詞のほうだった。アーサーが即座に否定したことは、一度も思い出さなかった。
*
登録の前に、アーサーが受付へ行った。
何を話しているのか聞こえなかったが、アニェスの前に硬貨を置いていた。銀貨だ。数えているのが遠目に見えた。四枚。
俺の借金からだった。
「なんで」
戻ってきたアーサーに聞いた。
「パーティだからな」
「まだ登録してないだろ」
「するんだから同じだ」
――こいつ、恩を売る気だな。
俺はそう思った。
これは正直に書く。俺は本当に、そう思ったのだ。
グィネヴィアが横で、深く息を吐いていた。俺はそれを「金を出し渋る女だ」と解釈した。
あとで知ったが、あの時点でアーサーの全財産は銀貨五枚で、三日前から宿を取らず外で寝ていた。
それと、依頼票の壁の火を外套で叩き消したのが誰だったのかも、あとで知った。
礼は、言っていない。
*
登録簿に、三人分の名前が書かれた。
ジャック・バルブ。アーサー・タプファー。グィネヴィア・リリア。
木札が三枚、並べて置かれた。全部Gだ。
紙に俺の名前が書かれたのは、あの証書以来だった。
――いや、違う。
もう一枚あった。鞄のいちばん下に、布にくるんで押し込んだままの、線の震えた一枚が。
このとき俺は、それを完全に忘れていた。
*
三年後、この三人のうち二人が、俺に出ていけと言う。
だが、それはまだ先の話だ。
このときの俺は、生まれて初めて、自分を信じてくれる人間に出会ったと思っていた。
――半分は、合っていた。




