第007話〈友は何処へ至る〉
数度、死線を見極めるために攻撃範囲内への接近を試みたが、いずれも寸前で探知され、間一髪のところで陽鉄刀でいなすか避けるしかなかった。
しかし、一定の境界線の外へ出ればそれ以上の追撃は発生しない。
(定点防衛のトラップ……いや、少しずつだが移動しているな。地上からのアプローチが完全に読まれているなら……)
柊は冷徹に周囲の地形、そして己の手札を計算する。
「なら、地中を進んでみるとしよう。」
土属性魔術『地潜り』を発動する。
じわりと魔力が消費され、柊の身体が反液状化した黒い土壌へゆっくりと沈み込んでいく。
魔力を行使したことで、体内の瘴気値が一時的に減少する感覚があったが、同時に『地潜り』の維持には絶え間ない魔力消費を強いられる。
あまり長時間の隠密はできない。
リソースが尽きる前に、この死の網を抜ける必要があった。
五感が土の圧力に包まれる。
本来なら窒息と完全な暗黒にパニックを起こすような状況だが、人間を辞めた柊の肉体は、呼吸を必要とせず、むしろ地中の冷涼な闇を心地よいとすら感じていた。
吸血鬼の優れた感覚に加え、魔眼による阻害貫通により地上の状態がクリアに認識できる。
(……見えた。地上、前方約十五メートル。そこに、この異常な糸をばら撒いている『奴』がいる。)
地中を泳ぐように進む。
柊の予想通り、あの恐るべき不可視の糸も、地中深くまで刃を届かせることはできないようだった。テリトリーの死角を突いた確信を持ちながら、柊は静かに、攻撃者の真下へと回り込む。
敵の姿、そのシルエットが視界に入った瞬間、柊の心が激しく波打った。
(__嘘だろ、お前……何で、こんなところに……!)
そこにいたのは、 現代の、見覚えのある衣服。
かつての世界で、誰よりも信頼し、ともに遊びくだらない話をした柊の親友、八坂春樹の姿だった。
しかし、その佇まいは異常極まりない。
親友の瞳からは光が完全に消え失せており、その眼からは凄まじい殺気をばらまき、全身からどろりとした黒い魔力が揺らめき立っている。
その背中からは、周囲の木々に無数に張り巡らされた、あの銀色に煌めく糸、いや、『職種』が、揺らめきながら周囲に延び、両手には白黒二本のナイフのようなものを持っている。
システムによって狂わされたのか、あるいは瘴気に侵されて理性を失ったのか。
かつての親友はただの『自律型の殺戮兵器』へと成り果て、虚空を見つめて佇んでいた。
【任務を開始します。】
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任務:眼前の暴走した転生者を抹消せよ
報酬:ガチャチケット1枚 システムポイント5000
失敗ペナルティ:死亡
制限時間:120分
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脳内に響くシステムの無機質なアナウンス。
柊は地中で陽鉄刀の柄を、ギリリと文字通り骨がきしむほどの力で握り締める。
生きるために自分の心を殺すか、運命に喰われるか。
「ああ、そうか。お前は人じゃなくなるのは嫌だって言ってたな……」
かつての会話を思い出す。
ゲームで柊は人外のキャラばかりを使ってい、それを春樹に勧めたら、きっぱりと断られた。
彼は、化け物になるのを心底嫌っていた。
「なら、解放してやるのがダチってもんだろ!!」
地中から飛び出し、春樹の首へ向かって刀を振るう。
しかし、暴走していながらも春樹の速度は速く、手に持つナイフで陽鉄刀を弾かれた。
「GUWAAAAA!!!」
春樹はうなり、背中の触手で柊を突き刺す。
「ッ!」
春樹の背中からうごめく無数の細い触手。
__まるで死を紡ぐ蜘蛛の足のような『それ』が、目にも留まらぬ速度で何度も突き出される。
それを陽鉄刀で強引に弾くたび、金属の悲鳴が俺の手に嫌な振動を伝えてきた。
この武器はすでに寿命を迎えつつある。
(スピード、手数、リーチ、すべてが俺を上回っている。まともに打ち合えば、あと数撃でこっちの武器が砕けるな)
「GUWAAAAAAA!!」
理性を失った春樹が、獣じみた咆哮を上げて踏み込んできた。
両手に携えた白黒のナイフが、容赦のない連撃となって俺の視界を埋め尽くす。
かつて放課後に、VR格闘ゲームで幾千回対戦したからこそ分かる。
暴走していてもなお、春樹の戦い方には生前の『癖』が残っていた。
__踏み込みの直後、わずかに体が下へ傾く。
(そこだ……!)
柊はあえて一歩下がり、陽鉄刀を盾にするようにして春樹のナイフを斜めに受け流し、迫る触手も弾きつつ、同時に、空いた左手で地面を叩いた。
「『地潜り』!」
春樹の足元の強固な土壌が地潜りによる効果によって一瞬にして液体に近い状態へ変化する。
いかに超人的な速度を誇ろうとも、踏みしめる足場が崩れれば体勢は維持できない。
春樹の身体がほんのわずかにバランスを崩し、下へた。
その一瞬の隙を見逃すほど柊の魔眼は甘くない。
「悪く思うなよ、春樹。」
俺はきしみ声を上げる陽鉄刀を両手で逆手に持ち替え、全力で彼の心臓目掛けて突き立てた。
肉を裂く嫌な感触が手に伝わる。
同時に刀も途中で折れる。
「が、はっ……」
春樹の瞳に、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、人間としての光が戻ったように見えた。
その口元が、かすかに動いた気がした。
(ありがとう…)
柊ははっとした。
春樹は、最期まで人間であろうとしたのだ。
決して化け物に堕ちなかったのだ。
脳内に冷酷で無機質な音が響き渡る。
【任務完了】
【報酬:ガチャチケット1枚、システムポイント5000を取得しました。】
【システムポイントが合計10000に到達しました。システムショップを解放します。ショップは通常の任務中はロックされるのでご注意ください。】
【システムポイントが合計10000に到達しました。収納空間を拡張します。】
【警告:『喰Ⅰ』による極度の飢餓状態を検知しました。速やかな栄養補給を推奨します。】
「はは……タイミングがいいんだか、悪いんだか……今は腹が減った、システムショップとやらはあとで確認しよう……」
胃の腑からせり上がってくる脳が焼き切れそうなほどの狂おしい飢餓感。
目の前にはかつての親友の、魔力をたっぷりと含んだ遺骸。
柊はもう、迷わなかった。
『人』としての春樹の遺志を、命を、そのすべてを俺の肉体に引き受けて、俺は前に進む。
「いただきます、相棒。」
柊は春樹の肉体を食らう。
それは、今まで食べた何よりも苦かった。
【スキル『喰Ⅰ』の特性奪取が発動__ スキル『白線触手Ⅰ』を獲得しました。】
【春樹の遺品:『陰陽銃剣』を収納空間に回収しました】
【喰血行為により吸血鬼融合率が20.0%になりました。 】
【融合率が一定値に到達しました。第一段階『アンファンス』から第二段階『ジュネッス』へ進化を開始します。】
その刹那、俺の全身の血管を沸騰したマグマが駆け巡るような、凄まじい衝撃が全身を襲った。
骨が軋み、筋肉が引き締まり、五感がこれまでの十倍以上に研ぎ澄まされていく。
森のざわめき、地中を這う虫の音、空気の揺れ……
世界のすべてが、まるでスローモーションのようにクリアに把握できる。
これが、進化に特化した吸血鬼の力の一端。
__その中でも、眼に一段と痛みが走る。
柊の瞳が赤く光りだし、模様が変化、もともと二重だった虹彩付近のそとがわに広がる円模様が、三十二変化する。
【友殺し、精神的ショックにより、種魔眼Ⅱが種魔眼Ⅲへ進化しました。】
「……っ、ふぅ……」
荒い息を吐きながら、俺は立ち上がる。
手に入れたのは、春樹が使っていたあの見えない糸の力、そして白と黒の、銃と合わせて一体となる禍々しくも美しい一対の武器。
(あいつの命を喰らい、俺はまた一つ、人から遠ざかった。 それでも……あいつのぶんも、俺はこの地獄を生き抜いてみせる!生きていかなきゃいけない!)
【陰陽銃剣】
春樹の遺品
雌雄一対の双剣で互いが引き合う性質を持つ。
投擲によって背後から相手を襲いかからせる事で奇襲にも使用できる。
-鉄の心は錆び易く、硝子の心は砕け易い-




