第034話〈セクラマ基地〉
1日かけてサイクロンは基地に到着する。
時間は日の入りから少し後。
基地の外壁は、さきの血月の影響かあちこちにクラックが入り、少しボロく見えた。
だが、壊滅したスタビリート基地に比べれば、はるかにましだろう。
この基地もKAVO側の管轄で、邪神側のキャスを即座に殺そうとする者はいないだろうが、念には念を入れておく必要がある。
柊は基地の前で、プルの粘体変形能力を使って透明度の高い薄い皮膚のような仮面を作らせ、キャスの顔に張り付けさせていた。
「なにこれ……冷たくてヌルッとするんだけど……」
「文句を言うな、顔が割れたら面倒だ。一応付けておけ。表面の色彩を変えて、眼の色もごまかせる。名乗るときは偽名を使え。」
「偽名ね……じゃぁ『オルカ』にするわ。」
入り口にはくたびれた二人の門番がいた。
「ここがセクラマ基地で合っていますか?」
「はい合ってますよ。スいませンが入りたいんでしたら、身分を証明するものをていじしてもらえまスかぁ?」
「ドッグタグで可能ですか?」
「ええ、もちろんッスよー。」
門番が柊とプルのドッグタグを受け取り、ダニエルの印を見てわずかに表情を引き締める。
「あー……スタビリート基地から逃げてきた人たちッスか。……上司から、もしそこからの生存者が来たらすぐに伝えろと言われてるンすよ。事情聴取のために人を呼ぶので少し待っててもらえまスか」
(壊滅の話は伝わってるか。ちょうどいいな。だが警戒は維持したほうがいいだろう。)
「もちろんですよ。」
「あ、一応持ち主がかどうか確認させてもらいますね。」
スマホによる金の引き出しが可能か確認したのち、門番が誰かへ電話をする。
その間にスマホのへセクラマ基地の地図アプリもインストールを行った。
「えーっと、たぶん10分ぐらいで人が来るんスけど、少し待っててもらえませんかね。」
数分後、警察みたいな服装の人が来た。
「えっと夜異柊さんとプルさんですね?そちらの方は……」
警察がキャスに眼を向ける。
「はい。こちらはオルカさんです。同じくスタビリート基地から逃げてきたのですが、傭兵登録を行っていませんのでドッグタグを持っていません。」
「あっ、そういうことですか。わっかりました。ではこちらへ。」
警察についていって基地内へ入り、明らかにパトカーのような車に乗って進んでいく。
(お縄になった感がなぁ……)
だが、車窓から流れるセクラマ基地内部の光景は、荒涼としたスタビリート基地とはまるで異なっていた。
整然と立ち並ぶ緑豊かな街路樹、綺麗に舗装された道路。
文明が何度も崩壊したこの世界において、現代的で文明的な空気感が漂っている。
どうやらこの基地は巨大な山全体を外壁で囲い込んだ構造になっており、重要度の高い施設ほど標高の高い上位区画に配置されているようだった。
やがて車は山の中腹あたりで停車し、柊たちは立ち並ぶ高層ビルの一角へと案内された。
警察官が受付のスタッフと短く言葉を交わすと、柊たちは奥にある一室へと通される。
部屋の奥には、仕立てのいいスーツを着込み、眼鏡をかけた知的な男が待っていた。
「はい、えーでは、スタビリート基地の崩壊の原因は、ダニエルさんが基地に攻撃を行い、外壁が崩れたことでアンデッドが入り込み、皆殺し。実力者もダニエルさんが殺しまわったと聞いていますがそれであってますか?」
「ええ、私たちは基地から離れた位置でアンデッドを狩っていたので具体的な情報は知らないです。」
眼鏡の男がメモを取っていく。
「はいなるほどね、ではダニエルさんが基地を攻撃した要因は分かりますか。」
「おそらく悪魔のせいです。基地の関係者からダニエルが悪魔フラウロスの名前をつぶやいてたそうです。」
「悪魔のせい、ですか……」
眼鏡の男はあごに手を当ててしばし思案する素振りを見せた。
「分かりました。では他に有用な情報はありますか?」
(ジャックは技術を繋げと言っていたし、この基地はダニエルの知り合いが運営してる。さらにみたところKAVOだからな。メモリのデータを渡してもいいだろう。)
柊はスマホを取り出す。
「……スタビリート基地で蓄積されていた、科学技術および魔術研究の全データを持っています 。」
眼鏡の男の表情が変わる。
「え、本当ですか?!」
「ええ、基地崩壊時に情報部から託されたんですよ。」
「スー、すいません私では対処しかねるので上の人呼んできます。」
(やばいな今日2回目だよ、目の前で電話されるの。)
眼鏡の男が席を立って誰かに電話する。
通信を終えると、男は安堵と疲弊の混ざった息を吐いた。
「3分ほどで上が到着するそうです。では私はこれで失礼し__」
ガシャアアンッ!!!
男が言い終わるより早く、背後のガラス窓が凄まじい音を立てて粉砕された。
飛び散るガラス片を突風が吹き散らし、煙を上げて降り立ったのは一人の男だった。
膝を深く折り曲げた、完璧なスーパーヒーロー着地。
舞い上がる煙の奥から立ち上がった男は、部屋の中を見回して鋭い視線を柊へと向けた。
「ダニエルの部下ってのはお前か……!」
男が力強い足取りで歩み寄り、柊の肩をがしりと掴み込む。
「俺はテレンス、ダニエルの義弟だ。技術データをそのまま回収できたというのは本当か!?」
「え、あの……窓……」
突然の乱入と惨状に、キャスはドン引きして部屋の隅へと退避しかけていた。
プルは男を警戒して両腕を硬質化させていた。
部屋から出ようとしていた眼鏡の男に至っては、深々と手で顔を覆っている。
よく聞けば『またやったよあの人……』と限界気味につぶやいていた。
「あ、え? あ、はい、その通りです。このスマホの中にすべて入っています」
(なんだこの人……とんでもなくヤバいのが来たぞ……)
柊が気圧されながら答えると、テレンスは満足そうに豪快に頷いた。
「よし、5000万₤₤やる。そのデータの複製をくれ!」
「5000マッ!?え、ええ、まあ、いいですよ。もともと引き渡すつもりでしたから」
テレンスから差し出されたデータメモリを受け取り、スマホから迅速に複製データを転送して送り返す。
「いやあ、すまんな! こんな荒々しい登場になってしまって! 血月の直後で業務が山積みになっていてな、とにかく急いでいたんだ!」
「はぁ……そういうことですか」
受け取ったデータを手元の端末に読み込ませたテレンスは、手際よく操作して柊の口座へ5000万₤₤を口座振込した。
「では客人、私はこれで失礼する! まだ処理すべき書類が残っているんでな!」
言い放つや否や、テレンスはそのまま破れた窓から外へと飛び出した。
背中から激しい風を噴出させ、まるで弾丸のように空を滑空していく。
さらに飛翔しながら背後へと手をかざし、莫大な魔力を放出した。
飛び散っていたガラス片と窓枠が生え変わるように組み合わさり、一瞬にして元の綺麗な窓へと修復された。
「……」
見事な復元魔法を完成させると、テレンスはそのまま空の彼方へと飛び去っていった。
「ハァ……いやあ、あれさえなければ仕事はしっかりこなすし、本当に良い人なんですがねえ……」
眼鏡の男が諦めを含んだ溜息をつきながら、元のデスクへと戻ってくる。
「なかなか癖のあるかたですね……というかこの金額を受け取っていい物なのか……」
「テレンスさんがそう判断したのなら妥当なのでしょう。そういう人です。」
「そうですか……あの、とおろでこちらから質問をしてもいいですか?」
柊は口座の残高が増えたスマホ画面を確認し、一息ついてから表情を引き締めた。
「ええ、どうぞ。」
「では、暁教団のをご存じですか?」
「ああ北の邪神信仰団体ですか。」
「そうです。では、あそこにどれほどの数の転生者が存在してるかはわかりますか?」
「具体的には分かりませんが確認できる限り50人以上はいます。強さはピンキリですが、トップは確認できる限りSランク以上の実力者のようです。」
「そうですか……ありがとうございます。」
眼鏡の男が柊の何かを考え込むような表情を見て忠告を行う。
「くれぐれも、単騎で乗り込もうなどとは考えないでくださいよ? KAVO側の貴重な転生者の戦力が減る事態は、我々にとっても避けるべきことです。」
「分かっていますよ。」




