第032話〈風の暁/キャスキャットⅡ〉
柊は逃亡者の少女のガスマスクを外し、自分の手のひらを切り裂くと、その血を彼女の口へ注ぎ込んでいく。
(頼むから拒否反応で吐き出さないでくれよ……眷属化ができなくなる。)
「ますたぁ、さすがにはじめてかなんて面と向かって聞くのはどうかと思うよ……?」
横からジト目を向けてくるプルに、柊は少しバツの悪そうな顔を向けた。17話であんなことをしたしたプルには言われたくないが。
「……まあ、それは否定しないが。お前に言われると妙な違和感があるな。」
「ふ~ん。」
「そもそも、情報を吐かせるために生かして眷属にする必要があったんだ。純潔でない者を無理に眷属化させれば、理性のない喰屍鬼に変異するリスクがある。」
「ふ~ん……」
なおもジト目を継続するプルをスルーしていると、少女の胸の傷が急速に塞がっていき、呼吸が安定していく。
【対象:キャス・ヴァスティエールの眷属化および肉体の修復が完了しました】
【現在好感度:30%(初期値10%+英雄救美20%)】
システムからの機械的な通知が脳内に響く。
(ヴァスティエールか、ジャックから渡されたメモリによれば、確かかつて栄えていた暗殺者の一族だった気が、となれば……)
少女がうめき声を上げて目を開ける。
「う、う~ん……」
体を起こした反動でフードが脱げ、その素顔が露わになる。
褐色肌に映える黒髪、そして野生動物のように鋭い黄金の瞳。頭頂部にはピクピクと動く猫耳が生えていた。
(やはりこいつ、猫の獣人か!)
ローブで隠れて見えないが、おそらく尻尾もあるだろう。
「ハッ……!?」
次の瞬間、少女は弾かれたように後方へ飛躍。しなやかな動作で腰の刀を抜き、低い姿勢で構える。
「……誰よあんたたち、私の懸賞金が狙い!?」
「いいや。お前が賞金首だなんて、今さっき知ったばかりだ。」
柊はホルスターに銃を収め、両手を軽く上げて見せる。
「俺が欲しいのは賞金じゃない。お前が知っている『情報』だ。……それと、一応言っておくが、助けるためにやむなく半吸血鬼にした。日光を浴びても吸血鬼みたいに燃えないし、嫌なら今すぐ立ち去っても構わん。縛るつもりはない。」
「は……? 眷属……? 立ち去る……?」
少女は刀を構えたまま目を見開いた。
自分の胸元を見下ろし、傷が跡形もなく消えていること、そして体内で脈打つ見知らぬ冷たい血の気配に戸惑うように、猫耳を不安げに伏せている。
「嘘……でしょ……? 助けるために撃ち抜いて、勝手に化け物の仲間にしたって言いたいの!?」
ショップはシステムポイントがベリアルのせいでほとんど無くなり利用できず、唯一所持している回復アイテムの体力回復丸では回復する速度が遅すぎて間に合わない。
「それが一番手っ取り早かったんだ。……で、どうする? 斬りかかってくるか、情報を話して消えるか。」
柊のあまりに淡々とした態度に、少女は気圧されたようにゆっくりと刀を引いた。
命を救われたのは紛れもない事実であり、体の傷が完全に癒えているのも確か、柊に肺を撃ち抜かれずとも追跡者からうけた傷で息絶えていただろう。
「……ハスターの手先を容赦なく殺したし、教団の刺客じゃなさそうだけど……頭おかしいんじゃないの?あんた。」
少女は警戒を解かないまま、忌々しそうに吐き捨てる。
「いいわよ。助けてもらった借りくらいは返すわ。あいつらは『暁教団』——邪神ハスターを狂信的に崇拝する連中よ。」
「そいつらの本拠地は?」
「ここから北東に3000kmほど離れた巨大湖の周辺。……具体的なアジトの位置までは知らないわ。」
(北東に3000kmか。これから目指すセクラマ基地のさらに先……いや、ほぼ北寄りだな)
柊は脳内で地図を描きながら思考を巡らせる。
「教団内に『転生者』が何人いるかは分かるか?」
「分かるわけないでしょ。私だって追いかけ回されてただけなんだから。」
「まあそうか。最後に……ここから東に400kmの位置にあるセクラマ基地について何か知っているか?」
「……ううん。知らない。」
「そうか。ありがとう、おかげで助かった。」
柊は頷くと、あっさり少女に背を向けて歩き出した。
「よし、プル。行くぞ。」
「ん、了解ー。」
「……え? ええっ!?」
あまりの去り際の良さに、キャスは思わず声を裏返らせた。
「ちょっと待ちなさいよ! あんた、私を自分の眷属にしたんでしょ!? 普通、手下として引き連れるとか、命じるとかあるんじゃないの!?」
「言ったはずだ。強制はしないと。」
柊は振り返りもせずに答える。
「お前に残された道は自由だ。俺たちについて来る必要も、俺に服従する必要もない。そうしたいならそうしてもいいが。」
「それはっ……!」
キャスは言葉を詰まらせた。
その顔には、一族が滅び、居場所もなく、世界中から追われる身である者の孤立感が滲み出る。
「……でも、ますたぁ、さすがに責任ある。」
ぽつりと、柊の隣を歩くプルが口を開いた。
「ますたぁ、穴あけたんだから、責任。」
「う゛っ……いや、だが本人がどうしたいかが一番重要だろう。というか言い方がなぁ……」
柊が困ったように脚を止めると、プルはジト目のまま少女へと視線を向けた。
「ねぇ、あなたはどうしたいの?」
少女は葛藤するように拳を握りしめ、絞り出すように本音をこぼした。
「私は……一族が滅ぼされてもう行く場所なんてないわ…… でも、私と一緒にいたらダメ……! 私は暁教団から1億₤₤以上の懸賞金がかかってるの! 一緒にいたら、アンタたちまで狙われることになるのよ!?」
「関係ないよぉー。ますたぁ強いもん。」
プルが心底どうでもよさそうに言いのけた。
「……ッ!!」
「……まぁ、そういうことだ。」
柊は溜め息をひとつ吐き出し、ゆっくりとキャスに向き直った。
「来たいなら来ればいい。俺も『転生者』というだけで色々と狙われる身だ。今更追っ手が1人や2人増えたところで、大した違いはない。」
「……バッカじゃないの。後悔しても知らないんだから……!」
キャスはぷいっと横を向き、猫耳をきゅっと伏せたが、その足はしっかりと柊たちの後を追いかけて歩みだした。
彼らなら、災いを呼ぶ化け物として忌み嫌われた自分を受け入れてくれるかもしれない。
「私はキャス、キャス・ヴァスティエール。仕方ないからついていくわ。」
朝焼けがが少女、キャスを照らす。
「ああ、俺は柊、よろしく頼む。」
「私はプル!よろしくね!」
眷属化に関する設定がブレブレですが、行き当たりばったりなんですよ許してください。
詳しくは8話を参照、設定が変わるたびに変化しますんで。
あ、こちらキャスのスリーサイズっす。
B78.1 W58.9 H88.5 Aカップ




