第003話〈転生者、同郷の者〉
柊は再び森を進み続ける。
洋館、そして虎を倒した地点から1kmほど進むと、そこからはゾンビやスケルトンといったアンデッドの類が現れ始めた。
それらは大した強さではなかったものの、数が多かったため、確実に処理していくうちにシステムポイントは1000まで上昇していた。なお弾丸を温存するためにほとんどは純粋な身体能力で殴り殺した。
「洋館周辺にいなかったのは、あの虎の縄張りだったからか? それとも洋館自体に何かあったのか……。見た感じ、ここいらであの虎より強い生物はいないようだが。」
(だが油断はできない。いつどこからもっととんでもない化け物が襲ってくるかもわからないからな)
思考を巡らせていると、前方の茂みがガサリと大きく揺れた。
「ん? またアンデッドか。」
柊は即座にデザートイーグルを構え、銃口を向ける。
「ひぃっ!? まって……おねがい、殺さないで……!」
「ッ!? まじかよ……!」
引き金にかけた指が止まる。 そこにいたのは、死してなお彷徨う怪物などではなかった。
この凄惨な黒い森にはおよそ不釣り合いな__現代のセーラー服を血と泥で汚した、一人の少女だった。
彼女は銃口を突きつけられている恐怖からか、大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべ、小刻みに震えながら柊を見上げている。
「おい、お前大丈夫か……? いや、お前、人間なのか?」
柊は慌ててデザートイーグルの銃口を下げた。しかし、指はトリガーにかけたままにしておく。
少女との距離を測り、周囲に伏兵がいないか視線を走らせる。
(一応、怪物が化けている可能性もある。油断しきるわけにはいかない。)
だが、銃口が外されたのを見て少女の引きつっていた表情が目に見えて和らいだ。
パッと花が咲いたような安心した笑みが少女の顔に浮かぶ。
その無防備で透き通った瞳に、柊の警戒心は急速に削ぎ落とされていく。
異世界で初めて出会った「同郷の者」という事実が、化け物との戦闘で強張った柊の心を優しく解していった。
「あぁ、よかった……人間だ、生きてる人間だ……っ。私、もう二日も水以外食べてなくて……」
少女は血にまみれた柊の風体に少しだけ怯えながらも、救いを求めるように小走りで距離を詰めてくる。そっと上目遣いで柊の袖を掴むその手は、冷たくて小さかった。
「……そうか。おい動くな、待ってろ。今食い物を用意する。」
一応まだ敵かもしれないので、システムの収納空間から直接取り出すところを見せるわけにはいかない。
柊は少女から視線を外し、ブレザーの懐に手を入れる。中に意識を集中させ、虎の肉を取り出す。
「そ、それ肉ですか!?」
少女の声が、一段と高く弾んだ。それまでの怯えが嘘のように、その瞳がキラキラと輝き始める。
「ああ、火も起こす。もう少し待ってくれれば焼き肉が食えるぞ。」
「焼き肉……」
少女はコクンと唾を飲み込み、じっと肉を見つめる。
柊は芯が空洞で頑丈な木の棒を探し、アニメで見た火起こしをまねてみる。
幸いすぐに火がつき、虎肉をそこへ置けば数分後には焼き肉が完成した。
「すまんが調味料もないし、菌やら寄生虫やらが残っているかもしれないが、それでも食うか?」
少女へ焼きあがった虎肉を渡す。
「じゅるり……ほ、本当にいいの……?」
少女の口元からは、すでに溢れんばかりのよだれが垂れていた。まるで宝物を見るような目で肉を見つめている。
「同じ転生者のよしみだ。食いたきゃ食え。」
「ありがとう……っ!」
それを聞くや否や、少女は肉をひったくるように受け取り、そのまま焼き肉へ勢いよく齧り付いた。
「あふ、はふっ、美味しい……っ!」
熱さに身悶えしながらもリスのように両頬をパンパンに膨らませ、実においしそうに肉を頬張る。
泥だらけの顔で幸せそうに目を細めて肉を噛み締めるその姿は、あまりにも無邪気で庇護欲を強烈にそそらせるものだった。
(随分とうまそうに食べるな、本当に飢えているのか……。まあ、これだけ無防備なら、化け物の類ってわけじゃなさそうだな)
柊も再び虎肉を二切れ取り出し、片方を焚き火へ、もう片方は生で食べる。
「あ、そういえば、お前名前は?」
少女はもぐもぐと口を動かしながら答える。
「んぐ、おおたに、なな、ですっ……大谷奈々です!」
口いっぱいに頬張っているせいでうまく喋れていないのが、どこか小動物のようで微笑ましい。
「そうか、悪かったな。先に食べててくれ。」
「むごっ、んご……ぷはっ。じゃぁ、あなたの名前は?」
奈々は口の中のものを必死に飲み込むと、首を傾げて可愛らしく問いかけてきた。
「夜異柊だ。」
「柊……。柊の花言葉って『あなたを守る』、ですよね……。うん、すごく格好良くて、素敵な名前です!」
奈々は汚れを拭った白い指先を頬に当て、年相応のどこか照れたような、眩しい微笑みを柊に向ける。
数分後、奈々は追加されたものも含め綺麗に肉を平らげた。
「あの! もしよかったら、一緒に行動しませんか? 二人のほうがきっと生存率も上がるでしょうし!」
「……いいぜ。じゃぁ、ともにこの森から抜け出そう。」
「やったー!」
奈々は両手を上げて、随分と大げさにはしゃいでいる。その弾んだ声とピョコピョコと跳ねるような仕草からは、無垢な喜びしか感じられない。
(生存の目途が立って相当喜んでるみたいだな……まあ、無理もないか。)
二人は食事を終え、奈々の情報から方向を見直すことにした。
この先にきれいな水の湖があるというので、水分補給のために奈々がやってきた方向へと進み始める。
(吸血鬼にも水が必要なのかどうかはわからないが、一応補給しておいたほうがいいだろう。血を飲んでればよさそうなものだがな。)
「お前は何か武器とかないのか? 武器も無しに二日間生き延びるのは不可能に近いぞ」
「一応、こんなものが……えへへ」
奈々は少し恥ずかしそうにスカートの中から、ゴトリと重苦しい音を立てて『モーニングスター』を取り出した。
華奢な少女の武器というには、幾分どころかあまりにも物讐な、トゲ付きの鉄球である。
「これでアンデッドたちの頭を、めきょって砕きながらなんとか生き延びてきました。」
小さな拳で、骨を砕くようなジェスチャーをしてみせる。
「本当によく生きてこれたな。だが、大群で押し寄せられては対処できないだろ?」
「そこは、敵が少ないところを探して、こそこそ隠れながらやってきたので……。これからは柊くんがいてくれるから、すっごく心強いです!」
奈々はモーニングスターを両手で抱えながら、信頼しきった瞳で柊に無邪気な笑顔を向けた。
(なるほどな。こいつなりに必死に生き残ってきたわけか。……俺がしっかり助けてやるらないとな。)
柊の胸の内に、明確な「仲間を守る」という意識が芽生えた。




