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第029話〈ザ・ブラッドムーンⅤ〉

目覚めた柊はプルとともに全力で基地に向かって走りだす。


「プル、乗り心地が悪いかもしれないが掴まってろ!」


「うん!」


単純な走行スピードならば、バイク(サイクロン)よりも柊のほうが数段速い。


周辺のアンデッドを無視して柊は基地へ一直線に走る。


(間に合ってくれ!)




◉◉◉



—4時間44分前—


ダニエルは基地の南西2kmの地点にいた。


『ダニエル、南東からの量が増えている。柊がやられたのかもしれない!』


ダニエルがジャックから通信を受け取る。


「分かった。対応範囲を広げる。」


(まったく、世話の焼ける。)


ダニエルが右手を上にあげる。


「喰らえ、飲み込め、その身を焦がす、黒き炎よ。」


(柊が欠けたのなら、こうするしかないか。)


ダニエルの魔力がガクンと消費される。


「天を燃やし、地を燃やし、万象を破滅へと導く。」


アンデッドの大群へ手を振り下ろす。


「天照」


魔力を喰らい、どこまでも燃え広がる黒い炎、三重混合、蝕属性魔術が放たれる。


「GYHEEEAAAA!」


「NUUGGGG!」


「VOOOAAAAA!」


一撃で数千のアンデッドが死に至る。


それでも黒い炎は止まらず、周辺の魔力を貪って燃え広がっていく。


ダニエルは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。


(ふぅ……これで少しは時間が稼げただろ、8節(エイトカウント)はさすがにキツいが……)


『ダニエル!南西の敵群は消滅を確認!黒炎が南東の領域まで広がって__』


ジャックの切羽詰まった通信が突如不自然に途切れた。


「……あ?」


ダニエルの胸の奥で、ドクンと不快な鼓動が跳ねた。


急激な魔力消費による虚脱感__


腹の底から、冷や汗が噴き出すようなどろりとした『何か』が這い上がってくる。


(魔力を使いすぎたか……? いや、違う。なんだこの不快な気配は__)


『__くくく、はははは! 流石だなダニエルとやら。素晴らしい魔力量だ。』


脳裏に直接響く、ダニエルのものではない禍々しい声。


(なッ……!? お前は……!)


『ベリアルの奴が目覚めたのは察していたが……まさかこれほど上質な“器”が目の前に転がっているとはな。大魔術の行使で精神の隙が生まれるのを待っていた甲斐があったぞ。』


「くッ! 俺の肉体に、割り込んで、きやがったか……ッ!!」


ダニエルが自分の額を強く掴み、膝をつく。


だが、その皮膚の下を黒い紋様が血走るように這い回り、瞳の色が禍々しく紫色に変色していく。


『ハハハ! 抵抗しても無駄だ。血月の魔力は我ら悪魔の追い風……!』


「させる、かよッ!」


『無駄だと言っている。――その大魔術、この公爵フラウロスがもらい受ける!』


ダニエルの意図に反し、ダニエルの右腕が勝手に持ち上がる。その掌が向けられたのは、南東のアンデッド群ではない。


__彼が護るべき、彼の『スタビリート基地』だった。


「やめ、ろ……! ジャック……! 逃げ__」


『喰らえ、飲み込め、その身を焦がす、黒き炎よ。』


(やめろ……)


『天を燃やし、地を燃やし、万象を破滅へと導く。』


(やめろ!)


『天照』


(やめろォーーーーー!!!)


ダニエルの口から放たれたのは、悪魔の笑みを浮かべた歪んだ魔術詠唱。


――ドォォォォォォンッ!!!!


黒き炎の大群が、意志を持った大蛇のように咆哮を上げながら凄まじい速度で弾き出される。


血月の濃厚な魔力を喰らい、数倍に膨れ上がった『天照』が、スタビリート基地の外壁へと激突した。


物理的な破壊ではない。 防衛用の魔導陣も、重装甲の外壁も、黒い炎に触れた瞬間に高熱によって溶け、上にある魔導式機関銃と魔導式大砲の術式が徹底的に喰いつくされる。


轟音と絶叫が響く。


基地の地下街を支えていた大構造が爆縮を起こし、巨大な黒煙とともに崩落していく。


「はは……ハハハハハ!絶景だな!実に愉快!さあ、宴を始めようではないか!」




◉◉◉




—4時間40分前—


「おい、ダニエル!クソ、通信が途切れたか……」


制御室にいるジャックが遠隔でドローンをダニエルの咆哮へ飛ばし、それを視認する。


「あれは、まさか!」


ジャックが基地全体及び外の傭兵全員の端末を強制起動させ、通信を行う。


「各員に告ぐ!基地内の者は可能な限り低い場所へ!外の者は基地南西への遮蔽物を探して伏せろ!」


次の瞬間、制御室のモニターの1/3がブラックアウトする。


「まずい!撃たれた!数分で黒炎はここまで届く!」


ダニエルは、自身に与えられたチートスキル__『分身』によって生み出された基地の各地にいる分身を基地の住民の避難に充てる。


「まずいですね。黒炎をやり過ごせても、アンデッドがダメージを追った外壁を破るのは時間の問題。今のうちに逃げますか……」


ジャックは分身の視界を通し、ハイクとタイタスが南西へ向かうのが見えた。


「あいつら!」


ジャックがハイクとタイタスのスマホへ通信を飛ばす。


「おい!寄るな!ダニエルはおそらく何かに精神をやられました!今のダニエルに近づいたら死にますよ!」


ハイクから通信が返される。


『なら、なおさら行かなくちゃな。恩人をみすみす見殺しにしてたまるかってんだ。』


『そうだ。ダニエルはこの世界に来たばっかの俺たちを拾って迎え入れてくれた!なら恩返しをするのが道理ってもんだ!』


「あなたたち……!」


ジャックが追加で分身を数十体増やし、基地南西へ向かわせる。


「私の分身を向かわせます。あなたたちは引き続き殲滅を続けてください!」


同時に、ジャックは極秘データのバックアップを複数のメモリに作成し、基地が陥落しても技術を繋いでいけるようにする。


「これを分身に持たせて、外にいる生存者に渡せば、技術は死なない。」

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