第九話 プリクラ
「絶対撮るぞ!!」
春斗がゲームセンターの奥を指差す。
プリクラコーナー。
女子高生たち。
落書きスペース。
当時特有のギラギラした空間。
「男子だけとか地獄なんだけど」
七海が呆れる。
「いいじゃん記念だし!」
「湊なんか一枚も撮ってなさそう」
「……まぁ」
実際、あまり得意じゃなかった。
でも。
昔はこういうのも全部青春だった。
「よし入れ入れ!」
春斗に押し込まれる。
狭い。
暑い。
「近っ!」
「圧がすごい!」
みんな騒いでる。
カウント。
『3・2・1♪』
フラッシュ。
その瞬間。
湊は少しだけ笑ってしまう。
楽しかった。
本当に。
◇
「うわキモ!!」
撮影後。
落書きスペース。
プリクラを見た菜摘が爆笑する。
「春斗顔近すぎ!」
「主人公だからな!」
「意味わかんない」
みんなで落書き。
ハート。
文字。
“2006夏”。
当時。
プリクラは思い出そのものだった。
手帳に貼って。
部屋に貼って。
財布に入れて。
ずっと残していた。
「藤沢くん」
澪がプリクラを見ながら言う。
「ちゃんと笑ってる」
「……え?」
「最初会った時より」
その言葉に。
湊は少し黙る。
確かに。
最初の頃。
自分はずっと“未来”を見ていた。
失ったものばかり考えていた。
でも。
今は。
ちゃんと“今”を見て笑えている。
◇
ゲームセンター。
メダルゲーム。
太鼓。
エアホッケー。
全部が懐かしい。
「うおおお負けねぇ!!」
春斗が叫ぶ。
「うるせぇって!」
圭介が爆笑してる。
七海はバスケゲームで無双していた。
「強っ」
「体育会系なめんな」
その横で。
慧はUFOキャッチャーに本気になっている。
「取れそう」
「絶対無理」
「いやいける」
真顔だった。
みんな笑う。
湊も笑う。
その時。
ふと。
視界の端で、昔の記憶がフラッシュする。
満員電車。
会社。
無表情の自分。
「……っ」
一瞬。
胸が苦しくなる。
「湊?」
春斗が振り返る。
「大丈夫?」
「……ああ」
湊は無理やり笑う。
でも。
最近。
未来の記憶が少しずつ曖昧になっていた。
会社の名前。
上司の顔。
通勤ルート。
輪郭が薄くなっている。
逆に。
この夏だけが、異常なくらい鮮明だった。
◇
夕方。
ゲームセンターを出る。
夏の空。
オレンジ色。
少し涼しい風。
「なあ」
春斗がジュースを飲みながら言う。
「文化祭終わったら海な!」
「また言ってる」
「絶対行くから!」
笑い声。
その時。
菜摘が突然叫ぶ。
「あっ!!」
「今日エンタの日じゃん!!」
「あー!!」
七海たちが騒ぐ。
「早く帰んないと!」
当時。
テレビは“みんなで見るもの”だった。
翌日学校で話題になる。
見てないと会話に入れない。
「昨日の見た!?」
それが当たり前だった時代。
「犬井ヒロシめっちゃ好きなんだけど」
「分かる!」
「アクセルホッパーもやばい」
女子たちが盛り上がる。
その会話を聞きながら。
湊は少し笑う。
本当に。
2006年だった。
◇
帰り道。
夕焼け。
自転車を押しながら歩く。
風。
踏切。
夏の匂い。
「藤沢くん」
隣。
澪。
「ん?」
「今、楽しい?」
その質問に。
湊は少しだけ立ち止まる。
思い出す。
あの日。
DVDの中の自分。
『未来の俺』
『今、楽しいか?』
同じ質問だった。
でも。
今なら。
少しだけ答えられる気がした。
「……うん」
湊は小さく笑う。
「たぶん今、
ちゃんと楽しい」
澪は静かに笑った。
夕焼けが、二人をオレンジ色に染めていた。




