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夏の向こう側  作者:
9/16

第九話 プリクラ

「絶対撮るぞ!!」


 春斗がゲームセンターの奥を指差す。


 プリクラコーナー。


 女子高生たち。


 落書きスペース。


 当時特有のギラギラした空間。


「男子だけとか地獄なんだけど」


 七海が呆れる。


「いいじゃん記念だし!」


「湊なんか一枚も撮ってなさそう」


「……まぁ」


 実際、あまり得意じゃなかった。


 でも。


 昔はこういうのも全部青春だった。


「よし入れ入れ!」


 春斗に押し込まれる。


 狭い。


 暑い。


「近っ!」


「圧がすごい!」


 みんな騒いでる。


 カウント。


『3・2・1♪』


 フラッシュ。


 その瞬間。


 湊は少しだけ笑ってしまう。


 楽しかった。


 本当に。


   ◇


「うわキモ!!」


 撮影後。


 落書きスペース。


 プリクラを見た菜摘が爆笑する。


「春斗顔近すぎ!」


「主人公だからな!」


「意味わかんない」


 みんなで落書き。


 ハート。


 文字。


 “2006夏”。


 当時。


 プリクラは思い出そのものだった。


 手帳に貼って。


 部屋に貼って。


 財布に入れて。


 ずっと残していた。


「藤沢くん」


 澪がプリクラを見ながら言う。


「ちゃんと笑ってる」


「……え?」


「最初会った時より」


 その言葉に。


 湊は少し黙る。


 確かに。


 最初の頃。


 自分はずっと“未来”を見ていた。


 失ったものばかり考えていた。


 でも。


 今は。


 ちゃんと“今”を見て笑えている。


   ◇


 ゲームセンター。


 メダルゲーム。


 太鼓。


 エアホッケー。


 全部が懐かしい。


「うおおお負けねぇ!!」


 春斗が叫ぶ。


「うるせぇって!」


 圭介が爆笑してる。


 七海はバスケゲームで無双していた。


「強っ」


「体育会系なめんな」


 その横で。


 慧はUFOキャッチャーに本気になっている。


「取れそう」


「絶対無理」


「いやいける」


 真顔だった。


 みんな笑う。


 湊も笑う。


 その時。


 ふと。


 視界の端で、昔の記憶がフラッシュする。


 満員電車。


 会社。


 無表情の自分。


「……っ」


 一瞬。


 胸が苦しくなる。


「湊?」


 春斗が振り返る。


「大丈夫?」


「……ああ」


 湊は無理やり笑う。


 でも。


 最近。


 未来の記憶が少しずつ曖昧になっていた。


 会社の名前。


 上司の顔。


 通勤ルート。


 輪郭が薄くなっている。


 逆に。


 この夏だけが、異常なくらい鮮明だった。


   ◇


 夕方。


 ゲームセンターを出る。


 夏の空。


 オレンジ色。


 少し涼しい風。


「なあ」


 春斗がジュースを飲みながら言う。


「文化祭終わったら海な!」


「また言ってる」


「絶対行くから!」


 笑い声。


 その時。


 菜摘が突然叫ぶ。


「あっ!!」


「今日エンタの日じゃん!!」


「あー!!」


 七海たちが騒ぐ。


「早く帰んないと!」


 当時。


 テレビは“みんなで見るもの”だった。


 翌日学校で話題になる。


 見てないと会話に入れない。


「昨日の見た!?」


 それが当たり前だった時代。


「犬井ヒロシめっちゃ好きなんだけど」


「分かる!」


「アクセルホッパーもやばい」


 女子たちが盛り上がる。


 その会話を聞きながら。


 湊は少し笑う。


 本当に。


 2006年だった。


   ◇


 帰り道。


 夕焼け。


 自転車を押しながら歩く。


 風。


 踏切。


 夏の匂い。


「藤沢くん」


 隣。


 澪。


「ん?」


「今、楽しい?」


 その質問に。


 湊は少しだけ立ち止まる。


 思い出す。


 あの日。


 DVDの中の自分。


『未来の俺』


『今、楽しいか?』


 同じ質問だった。


 でも。


 今なら。


 少しだけ答えられる気がした。


「……うん」


 湊は小さく笑う。


「たぶん今、

 ちゃんと楽しい」


 澪は静かに笑った。


 夕焼けが、二人をオレンジ色に染めていた。

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