第十話 未来からの着信
夜。
自室。
窓の外では、遠くで祭りの音が聞こえていた。
夏祭り。
たぶん近所の神社。
太鼓。
屋台のざわめき。
子供の声。
懐かしい音だった。
湊はベッドに寝転がりながら、今日撮ったプリクラを見ていた。
笑ってる。
みんな。
春斗。
七海。
菜摘。
慧。
圭介。
そして。
澪。
「……」
胸が少し熱くなる。
未来では。
こんな風に笑うこと、ほとんどなくなっていた。
その時。
ガラケーが震えた。
ブルブルブル――。
画面を見る。
『非通知』
「……?」
こんな時間に?
湊は少し迷ってから出る。
「もしもし」
ザザッ――。
ノイズ。
「……え?」
耳障りな雑音。
電波が悪いみたいだった。
『……聞こえるか』
その瞬間。
湊の呼吸が止まる。
声。
低い。
疲れたような声。
でも。
聞き間違えるはずがなかった。
自分の声だった。
「……誰だよ」
『……お前だ』
ザザッ――。
『34歳の藤沢湊』
心臓が嫌な音を立てる。
「……は?」
『時間がない』
ノイズが酷い。
でも。
間違いなく、自分の声だった。
『お前、未来を変え始めてるだろ』
湊の喉が詰まる。
春斗。
未来。
変わった怪我。
全部頭をよぎる。
「なんなんだよこれ……」
『聞け』
『変えすぎるな』
「……は?」
『未来が壊れる』
意味が分からない。
「何言って――」
『記憶、薄れてるだろ』
ドクン。
心臓。
確かに。
最近。
会社のことを思い出しづらい。
上司の顔。
デスク。
通勤電車。
輪郭がぼやけ始めている。
『過去が変われば、未来も変わる』
『未来が変われば、お前も変わる』
ザザッ――。
『つまり――』
ブツッ。
通話が切れた。
「……っ」
部屋が静かになる。
扇風機の音。
虫の声。
祭りのざわめき。
でも。
湊の中だけ、世界が変わってしまっていた。
◇
「……なんなんだよ」
湊はガラケーを見つめる。
履歴。
非通知。
当然、番号なんて残っていない。
でも。
あれは確かに、自分の声だった。
未来の自分。
「未来が壊れる……?」
意味が分からない。
でも。
記憶が薄れてるのは本当だった。
逆に。
この夏の記憶だけが、異常なくらい鮮明になっていく。
夕焼け。
河川敷。
TSUTAYA。
ガラケーの着信音。
全部。
その時。
ピロリロリン♪
メール。
『雨宮澪』
『起きてる?』
湊は少しだけ息を吐く。
『起きてる』
送信。
『明日、夏祭りだね』
その文章を見た瞬間。
記憶が蘇る。
夏祭り。
浴衣。
花火。
そして。
あの日。
澪へ言えなかった言葉。
「……っ」
胸が締め付けられる。
未来では。
結局、何も伝えられなかった。
『楽しみ?』
メールが来る。
湊は画面を見つめる。
今の自分は。
34歳なのか。
14歳なのか。
分からなくなる。
でも。
一つだけ分かることがあった。
この時間が。
どうしようもなく愛しい。
『……楽しみ』
送信。
数秒後。
『よかった』
短い返信。
でも。
その一言だけで。
胸が苦しくなるくらい嬉しかった。




