第四話 ガラケーの着信音
夜。
実家の自分の部屋。
窓の外では、虫の声が鳴いていた。
古いエアコン。
回り続ける扇風機。
机の上には、使い込まれたMDプレイヤーとガラケー。
全部が懐かしい。
「……夢じゃないのかよ」
ベッドに寝転がりながら、湊は呟く。
昼間の出来事を思い返す。
河川敷。
夕焼け。
笑い声。
春斗たち。
全部、本物だった。
その時。
ガラケーが鳴った。
ピロリロリン♪
その音だけで、胸がざわつく。
「……うわ」
懐かしすぎる。
画面を見る。
『神谷春斗』
メール受信。
『今日の俺の走り、映画主人公すぎただろwww』
思わず吹き出す。
中学生みたいな文章。
いや、本当に中学生なんだけど。
湊は返信を打つ。
『うるせぇ』
送信。
数秒後。
『冷たっ!?』
『もっと褒めろよ!!』
また笑ってしまう。
昔。
こんなくだらないやり取りを、毎日していた。
◇
その時。
もう一件。
ピロリロリン♪
画面。
『雨宮澪』
湊の指が止まる。
メールを開く。
『今日の映像、すごく良かった』
短い文章。
でも。
あの頃は、一通のメールだけで眠れなくなるくらい嬉しかった。
返信画面を開く。
打つ。
『ありがと』
消す。
『そっか』
違う。
また消す。
「……うわ懐かし」
昔。
メール一通送るだけで、こんなに悩んでいた。
変な文章じゃないか。
冷たくないか。
絵文字付けるか。
色々考えて。
結局。
『ありがと』
だけ送る。
送信。
数秒後。
返信。
『うん』
それだけ。
なのに。
心臓がうるさい。
「……中学生かよ」
いや、中学生だった。
◇
翌朝。
蝉の声で目が覚めた。
カーテンを開ける。
真っ青な空。
夏休み前特有の、無敵みたいな朝。
昔は。
夏って永遠に続くと思ってた。
◇
「湊ー!」
登校中。
後ろから春斗が突っ込んできた。
「うおっ」
「今日さ!」
「放課後TSUTAYA行こうぜ!」
「なんで?」
「DVD返却日今日!」
「あー……」
懐かしい。
当時。
TSUTAYAは放課後の遊び場だった。
映画借りて。
CD借りて。
立ち読みして。
意味もなく何時間もいた。
「急がねぇと延滞だぞ!」
「お前毎回それ言ってんな」
「だって忘れるんだもん!」
春斗は笑う。
坂道を登る。
前から来る女子たち。
部活の声。
夏服。
汗。
青春そのものみたいな朝。
湊は歩きながら、ふと思う。
――俺。
この頃、毎日ちゃんと生きてたんだな。
◇
昼休み。
教室。
窓際から風が吹いている。
男子たちは騒ぎ。
女子は机をくっつけて弁当。
その全部が懐かしい。
「藤沢」
慧が近づいてくる。
「昨日の映像、かなり良かった」
「……そう?」
「うん」
慧は真顔だった。
「なんか昨日のお前、いつもより撮り方上手かった」
ドキッとする。
当然だ。
中身は34歳。
でも。
不思議だった。
技術だけじゃない。
昨日。
カメラを持った瞬間。
感覚そのものが戻っていた。
「特に夕方のカット」
「空気あった」
「空気?」
「うん」
慧は少し考えてから言う。
「“終わりそうな夏”って感じ」
湊は言葉を失う。
未来を知ってるから。
終わることを知ってるから。
そう映っていたのかもしれない。
◇
放課後。
TSUTAYA。
自動ドアが開く。
涼しい空気。
CDコーナー。
映画コーナー。
ゲームコーナー。
全部が懐かしかった。
「うおー!」
春斗が走っていく。
「新作入ってる!」
「騒ぐなって」
慧が呆れる。
七海たちは雑誌コーナー。
菜摘はCD試聴。
圭介はゲーム攻略本。
みんな自由だった。
湊は映画コーナーで立ち止まる。
昔。
ここに来るだけでワクワクしていた。
ジャケットを見るだけで楽しくて。
将来、映画を作る側になるって本気で思ってた。
「藤沢くん」
隣。
澪だった。
「映画好きだね」
「……うん」
「昔からずっと」
澪は棚を見ながら言う。
「藤沢くんってさ」
「映画見てる時だけ、本当に楽しそう」
その言葉が、胸に刺さる。
未来では。
そんな顔、もうしてなかった。




