第三話 MDプレイヤー
河川敷に、夏の風が吹いていた。
「よーし!」
春斗が立ち上がる。
「青春ダッシュシーン撮るぞー!」
「意味わかんねぇよ」
慧が即ツッコミを入れる。
「青春映画って走るもんだろ!」
「偏見すぎる」
みんな笑う。
湊はハンディカムを構える。
小さなモニター越し。
夕焼け。
草むら。
笑っているみんな。
その全部が、少し昔より綺麗に見えた。
「湊ー!」
春斗が手を振る。
「ちゃんと撮ってるかー!?」
「撮ってるよ」
自然に言葉が出た。
その瞬間。
湊は少し驚く。
今の声。
34歳の自分じゃなかった。
14歳の頃の自分だった。
「じゃあ行くぞぉぉ!!」
春斗が河川敷を全力で走り出す。
「うおおおおお!!」
「バカだろあいつ!」
菜摘たちも笑いながら追いかける。
七海が転びそうになって叫ぶ。
圭介が「待てって!」って騒いでる。
その全部を。
湊は夢中で撮っていた。
◇
「……あ」
気づいた時には。
湊は笑っていた。
本気で。
心から。
「……」
自分で驚く。
いつぶりだろう。
こんな風に笑ったの。
ファインダー越し。
夕焼けの中。
みんなが笑っている。
その光景が。
どうしようもなく綺麗だった。
◇
撮影後。
河川敷に座る。
コンビニで買ったガリガリ君。
ぬるい風。
オレンジ色の空。
「なあ湊」
春斗がアイスを食べながら言う。
「お前さ」
「絶対映画監督なれるよな」
湊の動きが止まる。
「……え?」
「だって好きじゃん」
春斗は当たり前みたいに言った。
「映画」
胸が痛くなる。
未来では。
映画の話なんて、誰ともしなかった。
夢の話なんて、恥ずかしくてできなかった。
「藤沢くんの撮る景色、好きだよ」
澪も静かに言う。
「なんかちゃんと、“夏”って感じするから」
湊は何も言えない。
みんな。
当たり前みたいに、自分の夢を信じてる。
それが苦しかった。
◇
「そういやさー」
菜摘が突然言う。
「将来どうする?」
「は?」
「進路!」
「最近親うるさいんだけど!」
「あー……」
空気が少し変わる。
14歳。
まだ子供。
でも。
少しずつ未来が見え始める年齢。
「七海は?」
「んー」
七海は空を見た。
「スポーツ系かなぁ」
「でもまだ分かんない」
「春斗は?」
「プロ野球!」
即答。
みんな笑う。
「絶対無理」
「うるせぇ!」
「俺マジでなるし!」
「慧は?」
「映像系」
慧は即答だった。
「CGとか編集とか」
「うわ、オタクっぽ」
「うるさい」
笑い声。
その中で。
春斗が湊を見る。
「湊は監督だろ」
その言葉に。
胸が強く締め付けられる。
――違う。
未来の俺は。
映画監督になんてなってない。
夢なんか、とっくに諦めた。
そう言いそうになる。
でも。
言えなかった。
夕焼けの中。
みんながあまりにも真っ直ぐな顔をしていたから。
◇
帰り道。
自転車を押しながら歩く。
隣には慧。
首にはヘッドホン。
「聴く?」
「……何?」
「最近ハマってるやつ」
慧がMDプレイヤーを差し出してくる。
銀色の、小さなプレイヤー。
懐かしすぎて。
湊は少し笑ってしまう。
「うわ……」
「なに?」
「いや、なんでも」
イヤホンを片耳受け取る。
再生。
ギター音。
掠れたボーカル。
夕焼け。
夏の風。
その瞬間。
胸の奥が、一気に熱くなる。
昔。
本当に毎日こうして音楽を聴いていた。
MDに曲を入れて。
タイトルを手書きして。
好きな曲だけ集めて。
その一枚が宝物みたいだった。
「……懐かしい」
「?」
慧が不思議そうに見る。
「いや、なんでも」
湊は空を見る。
オレンジ色の街。
自転車の音。
遠くの踏切。
夏の夕方。
その時。
慧がぽつりと言った。
「……終わんの嫌だな」
「え?」
「この夏」
湊は言葉を失う。
慧は前を向いたまま続ける。
「なんかさ」
「ずっとこのままならいいのにって思う」
その言葉が。
未来を知っている湊には、あまりにも刺さりすぎた。
夏は終わる。
青春も終わる。
みんな変わる。
会わなくなる。
夢を諦める。
それを。
自分だけが知っていた。




