第十四話 文化祭前夜
九月。
空が少し高くなっていた。
でも。
学校の中だけは、まだ夏だった。
放課後。
二年三組。
教室は文化祭準備でぐちゃぐちゃになっている。
段ボール。
絵の具。
ガムテープ。
騒がしい声。
「終わんねぇぇぇ!!」
春斗が机へ突っ伏す。
「無理!!」
「まだ看板終わってないから」
七海が冷静に言う。
「えぇ……」
「お前サボってモンハンしてたじゃん」
「息抜きだし!」
笑い声。
教室中が浮ついていた。
文化祭前日の、この空気。
当時。
なんであんなに特別だったんだろう。
◇
「藤沢くーん」
菜摘がニヤニヤしながら近づいてくる。
「映画完成した?」
「あと少し」
「うわ監督っぽ」
「やめろ」
でも。
少しだけ嬉しかった。
未来では。
誰にも“監督”なんて呼ばれなかったから。
◇
視聴覚室。
暗い部屋。
編集作業。
パソコンの光だけが顔を照らしている。
タイムライン。
音楽。
映像。
そして。
ラストシーン。
湊はそこで、ずっと手を止めていた。
「……」
どう終わらせるか。
それが決まらない。
この夏を。
この時間を。
どう締めくくればいいのか分からなかった。
「藤沢くん」
後ろ。
澪だった。
「まだ悩んでるの?」
「……うん」
澪はモニターを見る。
夕焼け。
河川敷。
笑うみんな。
「青春映画ってさ」
澪が静かに言う。
「終わるから綺麗なんじゃない?」
その言葉に。
湊は少し息を止める。
終わるから。
綺麗。
確かにそうだった。
永遠だったら。
こんなに愛しくならない。
◇
「なあ」
湊は小さく聞く。
「雨宮はさ」
「未来とか考える?」
「未来?」
「うん」
澪は少し考える。
「考えるよ」
「でも、
ちょっと怖い」
窓の外。
夕焼け。
秋の風。
「変わっちゃいそうだから」
その言葉が、胸に刺さる。
未来は変わる。
人も変わる。
関係も。
夢も。
全部。
それを知っているのは、自分だけだった。
「……藤沢くんは?」
湊は少し黙る。
未来の自分は。
夢を諦めて。
毎日を流して。
好きだったものから目を逸らしていた。
でも。
今は違う。
「……俺」
湊はモニターを見る。
「ちょっとだけ、
未来変えたいって思ってる」
澪は静かに笑った。
「そっか」
「うん」
「なんか今の藤沢くんなら、
できそう」
その言葉に。
胸の奥が熱くなる。
◇
夜。
学校帰り。
空には薄い月。
コンビニ前。
みんなで座り込んでジュースを飲んでいた。
「明日やばいなー」
七海が言う。
「絶対泣く」
「早いって」
春斗が笑う。
「まだ始まってもねぇのに!」
「でも終わるじゃん」
「文化祭」
一瞬。
静かになる。
その空気を壊すみたいに。
春斗が立ち上がった。
「だから最高にしようぜ!」
夜空へ向かって叫ぶ。
「俺らの青春!!」
「うるせぇ!!」
みんな爆笑する。
でも。
湊はその光景を見ながら、少しだけ目を細めた。
本当に。
眩しかった。
◇
帰宅後。
自室。
暗い部屋。
湊は最後の編集を始める。
ラストカット。
河川敷。
夕焼け。
みんなの後ろ姿。
そして。
タイトルを重ねる。
『夏の向こう側』
少しだけ考えて。
その下へ、文字を入れた。
『あの頃の俺たちは、
確かにここにいた』
再生。
映像。
音楽。
笑い声。
夏。
夕焼け。
そして暗転。
「……できた」
小さく呟く。
その瞬間。
ガラケーが震えた。
『非通知』
湊の呼吸が止まる。
静かに通話ボタンを押す。
「……もしもし」
ザザッ――。
ノイズ。
そして。
未来の自分の声。
『文化祭が終わったら、
たぶんお前は戻る』




