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ブラック副業、第二皇子隠れ補佐  作者: summer_afternoon
第5駐屯地

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北の国の侵攻予定日



 スパイの僧による放火事件の後は慌ただしかった。火が消えるのを見届けてから、私は犯人である僧を宮廷へ連行した。国家を揺るがす重要参考人。近くの町役場が手薄だったこともあり、宮廷内の政治犯用の牢獄へ入れることにした。役人に、シェシェに噛み付かれた傷と銃創の手当の手配もお願いした。重要証言を引き出すまでは、死なれちゃ困る。


 牢へ投獄するための様々な書類を書いていると、朱氏様が来た。それは、青い闇が白く変わり始めた明け方のこと。


「瑞様。よくやった! 皇帝陛下のところへ、一緒に……。風呂に入りなさい」


 北の国にはお風呂に入る習慣がない。体を拭くくらい。尊い自然を汚してはいけないという思想に由来している。北の国にいるときは普通でも、央の国では異様。うっすら気づいてたんだよ。ああ、ちょい獣臭がするって。特に髪。ごわごわした帽子を被っている感じ。


 宮廷内のお風呂を使わせてもらった。服も借りた。雨に濡れたままだったもんね。


 宮女の服を纏い、皇帝に謁見するために廊下を歩く。すれ違う誰もが不眠不休の緊迫した顔をしていた。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


 緊張。


「顔を上げよ。瑞と言ったな。今回はの働き、見事であった」


 ゆっくり頭を上げると、色白で少しぽっちゃりした顔があった。第二皇子の「豪華な服でも着てなければ、ただのおじさんだからね」という言葉が頭を()ぎる。どう見ても、ただのおっさんじゃない。日焼けとは無縁の場所で過ごしてきた白い肌、いい物を食べて育った体躯、国を憂い、思考を重ねて刻まれた眉間のシワと目の下の隈。何よりも、荘厳な空間によく通る穏やかな声。


「ありがたきお言葉。痛み入ります」


 皇帝の横には、私が第5駐屯地近くの墓もどきから掘り出した竹筒が数本、豪華な台に置かれている。お爺ちゃん宦官が無事に届けてくれていたらしい。


「北の国の侵攻は明日。まだ予断を許さぬ状況ゆえ、その方の恩賞については、後日改めて検討する。まず、感謝の意を伝えたかった。国境の検問所から馬で来たのか?」

「北の国の街からでございます」

「まずは休め」

「はっ」


 終了。


 恭しく頭を下げたまま、広い謁見の間から出た。扉が閉まった直後、私はぶっ倒れた。寝かせてくれた宮女によれば、いびきをかいていたそうな。で、国家の一大事に、昼過ぎまで爆睡した。びっくり。


 目覚めた私は、すぐ、十王府へ戻ろうとした。


「瑞様、食事が終わりましたら、朱氏様のところへお顔を出してください」


 と言伝があった。


 促されて朱氏様の執務室を訪れると、そこにはお爺ちゃん宦官が同席していた。そこで、明日、都に外出禁止令が出ることを聞かされた。


「私は軍人です。自分にできることがあるかもしれません。行って来ます」


 朱氏様が私を止める。


「どこへ行くのだ?」

「軍の詰め所で上官の指示を仰ぎます」

「誰もいない。みんな持ち場についた」


 置いてかれた。ショック。


「では、十王府で春香妃様をお守りします」

「今、瑞様はそっちの任務を解かれている」


 軍人なのに、この一大事になにもすることがないなんて。私は悔しさに両拳をぎゅっと握りしめる。


「……」


 見かねたお爺ちゃん宦官が私を宥める。


「瑞。大事を為した後だ。皇帝陛下の御命令通り、休養しなさい。200km以上の馬の旅。いや、第5駐屯地は遥かに遠い。それに、ここが1番、都で情報が早い」


 それは事実。ここ宮廷の最高中枢なら、北の国境の検問所の様子は、伝書鳩で3時間ほどで届く。


「自分は軍人なのに、肝心なときに何もできないなんて」

「いや、瑞。十分に働いた。ところで、殿下は大丈夫だろうか」


 お爺ちゃん宦官は、心労に髪も乱れ、顔色まで悪くなっている。


「私も心配です」


 ボロを出していなければいいけれど。

 

 

 翌日、いよいよ決戦の日、空は晴れ渡っていた。進撃を知らせる狼煙は、待てど暮らせどない。検問を突破されれば、狼煙を上げる余裕すらなくなる。誰もが最悪の事態を想定していた。


 第1報は夕方だった。宦官達が大声で叫びながら、廊下を走り回る。


「万象万象万々象。敵は撤退。敵は撤退。万象万象万々象。敵は撤退。敵は撤退」


 宮廷中が割れんばかりの歓喜に包まれた。廊下の扉という扉が開け放たれて人が溢れ、ある者はハイタッチ、ある者は手を取り合って喜びに震えた。


 長い1日が終わった。


 夕方、外出禁止令が解かれ、都中に平和を知らせる伝令とドラの音が響き渡った。


 都中の喜びに反して、朱氏様、お爺ちゃん宦官、私の3人は、不安を拭えなかった。「あれ」がなんかやらかしていそうで。


 お爺ちゃん宦官が伝書鳩の内容を聞き出してきた。


「『第二皇子の交渉により、北の国の軍勢が撤退』と。ああ、殿下。素晴らしい。さすがは殿下。もう私はいつ死んでもかまわない」


 涙ながらに知らせてくれる。また言ってるし。


「『交渉』って、どんな交渉をなさったのでしょう」


 私は疑問に思った。その前に、第二皇子が文字通り矢面に立ったことすら信じ難い。国境まで行かず、帰ろうとしてたじゃん。


 軍が凱旋するには数日かかる。十王府への帰り支度をしていると、朱氏様がすすすーっと寄って来て耳打ちした。


「浩宇が官僚を辞職しようか悩んでいる」

「ええっ。なぜですか?」


 生まれが農民だからいじめられてるんだろうか。それとも、縁談パワハラに耐えられないんだろうか。


「どうも、『官僚として決して許されない感情』が芽生えてしまったらしい」

「え。」


 浩宇には央の国をよくしたいって志しかない。出世欲や金銭欲や権力欲がもしあったとしても、それは官僚全員のもの。


「学んできた四書五教に反する感情に困っている。すなわち男色」


 男色。その言葉に、私は思わず硬直した。浩宇は真面目すぎる。それってまさか、私にちょっとふらっと「フェロモン」云々のこと? 前に、ガチ男色なのに出世しまくったエリート官僚に襲われかけたのに。


「……」

「まあ、とにかく、官僚を辞めないよう、説得してくれ。瑞の任務を心配していた」


 帰りに、朱氏様邸へ寄ることにした。会いたい。ぅふ。



 道中はどこもお祭り騒ぎだった。すっかり夜の帳が下りた街では、軒先でまんじゅうや酒を振る舞い、歌い、踊り、商店街を過ぎても賑やかだった。


 大通りの鳳凰路から1本入った閑静なお屋敷通りはひっそりとしていた。それでも屋敷の窓からは平和な灯りが漏れている。


 門扉の前で来訪を伝えるノック音を鳴らすと、憔悴した浩宇が顔を覗かせた。彼は私を見ると、両目を見開き、唇を震えさせる。


「ただいま」


 ちーっすって感じで右手で揃えたチョキを掲げる。すると、浩宇の目に見る見るうちに涙が溜まった。彼は無言で、私の左腕を少し乱暴に取って中に引き入れる。


 ガタン


 彼が門を閉める。直後、骨が軋むほど抱きしめられた。疲れた体に心地いい圧迫感。浩宇、夜は変になるんだっけ。願ったり叶ったり。でも、泣かないで。


「生きてた」


 浩宇のくぐもった声が聞こえた。


「生きてるし」

「心配した」

「ありがと。心配してくれて」

「戦がなくなったって、央の国が救われたって、瑞が、瑞が、瑞がいなかったら、オレ」


 浩宇は完全に涙声。私は抱きしめられたままで、顔を見ることが叶わない。私の肩口が涙で熱くなっていく。


「帰って来たし」

「オレ、央の国の人、全部殺されても、瑞が生きてればいいって思った」

「あはははは。ないし。そんなん」

「オレ、オレ。ああ。よかった」

「朱氏様から聞いたよ。官僚、辞めようか悩んでるって」

「それは、瑞があんなことすっから」


 第5駐屯地へ行く前、浩宇の手の甲にキスした。好きって伝えたくて。


 けど。浩宇は男だったから私が気になるだけかもしれない。ほら、ブロマンスに憧れてるとか──違うね。戦友的なものじゃないから。障害があると気持ちは盛り上がるもの。山のようにある縁談の誰かなら、家庭も出世も順風満帆。うまく行き過ぎてしまう。


「冗談。女の子にもやってるじゃん」


 プレイボーイのフリをする。


「なんだよ。ふざけんなよ。……。いっか。帰って来たんだから」

「戦にならなくて、よかったね」

「ああ。実は、なんも分からん。何がどーなったか」

「官僚じゃん。いきさつとか聞かされてないの?」

「新人は出廷禁止だった。邪魔って」

「んー。平時じゃなかったもんね」

「瑞」

「ん?」

「よかった」

「ん。」


 浩宇は、姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。




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