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ブラック副業、第二皇子隠れ補佐  作者: summer_afternoon
第5駐屯地

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十王府に不殺の銃声

 雲間から月が顔を出したとき、前方の道端に馬の影が見えた。そのシルエットはずんぐり小柄の北の国の馬。


「ボル!」


 ボルが1頭でうろうろ彷徨っている。私は並走しながら声をかけた。


「どーしたの」


 ああ、そうか。走らなかったんだ。ボルは私と北の国内からほぼ不眠不休で走って来た。しかも、雨の中で第二皇子と遭遇したとき、ボアは何十キロも私を乗せて走った後だった。そこから武装寺へ。いくらなんでも、その直後、人を乗せて走るなんて無理。それでもここまで走ったなんて。


「捨てられちゃったんだね。ひどいね。こんなにいい子なのに。がんばったね」


 それにしても、央の国ではめっちゃ高価な名馬。それを乗り捨てるなんて。


「絶対に迎えにくるから、待ってて。ボル」


 そう声をかけて走り出すと、手綱も引いていないのに、ボルが走ってついてくる。人を乗せていないなら走れるということ?! さっすがは名馬。


 きっと追いつける。都に向かった僧は替え馬なし。こっちは3頭もいる。けれど。キツい。腿の内側が擦れて痛い。脚の筋肉も辛い。馬に乗る機会が多かった私は、その辺りの皮膚がかなり硬くなっている。それでも、もう限界かも。替え脚とか替え尻とか欲しいかも。


 まだ都の外城壁にも到達していない、往来がほとんどない夜道、爆速馬車を見つけた。車輪がガラガラと音を立てている。お爺ちゃん宦官を乗せた十王府の馬車。


「すみません、瑞です。瑞です!」


 御者に呼びかけ馬車を止める。


「あれ、瑞じゃん、どうした。そんなに急いで」


 馬車こそ急いでいた。一刻も早く、内通の証拠を届けるために。


「不審な馬を見かけませんでしたか?」

「もう、ずっと前に、すっげー速さで馬を走らせてるヤツに抜かされた」


 え。どうして。ボルから他の馬に乗り換えたとしても速過ぎる。こちらは替え馬あり。向こうは替え馬なし。


 馬車の窓からお爺ちゃん宦官が顔を覗かせた。


「瑞ではないか」

「ご無事で何よりです。寺の僧の中に、敵方が紛れ込んでいました。その僧が都に向かっています」

「なんと。都に」

「内通の証拠を殿下が持っていると思い込んでいるようです」

「だから、この馬車を襲わずに素通りしたのだな」

「恐らく」

「では十王府が危ないではないか!」

「はい。十王府の警護の強化するよう、すでに寺から伝書鳩を飛ばしてもらいました」


 お爺ちゃん宦官が険しい顔をする。


「瑞。今、かき集められる兵という兵は、北の国境での防衛戦に回されている」


 !

 当然。国家の一大事なのだから。


「瑞、急ぎなさい。宮廷ですら、警備は手薄になっているだろう。まして十王府。こちらは、内通の証拠を皇帝陛下に届ける。宮廷まで行けば朱氏がいる。絶対に皇帝までこれを届ける。瑞は十王府を!」

 馬車からお爺ちゃん宦官が出て来た。


「はっ。承知いたしました」


 馬車と別れ、再び馬を猛進させる。


 なぜ、なぜ、あのスパイの僧は速かった。走りながら考える。思いつくのは、替え馬しかない。ボルはどこにいた。確か街道沿い、狼煙の中継地点の近く。狼煙の中継地点は早馬の伝令が馬を乗り換える地点でもある。北の国の馬よりも足の速い、央の国の軍馬がいる。平治なら、たとえ僧であっても馬を貸すことなどない。けれど、今は緊急事態。200年以上続く央の国が北の国からの都を攻められたのは過去2回しかない。スパイの僧は、都がパニックに陥っているこのどさくさに紛れて馬を中継地点で調達し、乗り換えながらノンストップで飛ばしている。央の足の速い馬を。くっ。


 都の外城壁を潜った。すでに城壁周辺には、台車に乗った大砲が何台も用意され、物々しい状態。その中を抜け、十王府に向かう。


 前方に煙が見える。その一部、空が明るい。火事。まさか。


「ボル、1号、2号、急ぐよ」


 最後の角を曲がると、最悪の予感が的中してしまった。高い塀に囲まれた十王府の中に火の手が上がっている。周囲に番をする者は1人もいない。いつもは閉ざされている門が全開のまま放置されている。きっと番の者達は全員、火消しをしている。


「春香妃様!」


 馬を下りて中に駆け込むと、多くの者達が池の水を桶でリレーし、消化活動をしていた。建物の外壁は雨で濡れた痕があり、窓の奥が炎で赤くゆらめいている。


「春香妃様はご無事ですかっ」


 侍女達が「瑞様!」と走ってくる。


「それが、突然、走ってどこかへ行ってしまわれたのです。探しているうちに火の手が回って。申し訳ありませんっ」


 同僚の姿がない。


「護衛の者はっ」

「私達には逃げろと言い、ご自分は火の中に」

「殿下の部屋の方へ行かれました!」


 桶を1つ借り、頭から水を被る。走りながら、懐からすぐ取り出せるよう拳銃を握りしめた。雨除けに包んでいた防水の油紙をバリッと破り、グリップ部分だけを剥き出しにする。火の中にそのまま持ち込めば、熱でいつ暴発するか分からないから。火を放った僧が、中にいるかもしれない。


 優雅な造りの宮は、主人の棟と妃の棟が回廊によって隔てられている。春香妃の暮らす棟に火は届いていない。燃えているのは第二皇子のエリアだった。


「誰か! 返事を! 王妃娘娘(にゃんにゃん)!」


 煙が噴き出す建物に足を踏み入れて叫ぶ。そこには火の手はないものの、煙が充満している。


「瑞……」


 すぐ横、飾り窓の下から同僚の声が聞こえた。


「奥に……春香妃様が」


 このままでは、煙でやられてしまう。私が同僚を担ぎ上げると怒鳴られた。


「こっちはいい! 春香妃様を、早くっ」


 私は怒鳴り声に怯まず、飾り窓を蹴破って同僚を庭の外へ向かって放り出した。ほんの僅かな間というのに、同僚は宙を舞いながら「春香妃様を助けろ!」「春香妃様が無事でなかったらどのみち自分の命はない」なんて喚く元気があった。きっと大丈夫。


 口元をハンカチで抑え、奥へ行く。


「王妃娘娘、王妃娘娘」


 どう火を放ったのか、燃えている部分と燃えていない部分がまばらだった。一部屋ずつ探していると、更に奥から春香妃の声が聞こえて来た。


「離しなさい! シェシェ、お願い、言うことを聞いて」

「ぐぅぅがうぅがぅ」

「シェシェ。ダメよ。痛い痛いって。ごめんなさい。ごめんなさい」


 場所は第二皇子の寝所。蝋燭の灯りの中、シェシェが僧衣の男の腕に牙を突き立て唸っている。春香妃はシェシェの体を抱え、泣きながら僧からシェシェを剥がそうとしている。部屋に蝋燭の火以外はない。煙すらない。


「シェシェ、もういい!」


 私は拳銃を構えて近づき、銃口を男の額にトンと当てた。


 シェシェは男を離してから「わん!」と一声。自分の役目が終わったことを悟った。


「王妃娘娘、お逃げください」


 見れば、自分が潜り抜けてきた廊下の奥から、じわじわと煙が流れ込んでいる。廊下はもう火が回っている。私は男に銃口を突きつけたまま、空いている左手で庭へ通じる扉のかんぬきを外し、勢いよく蹴り開けた。


「瑞、その方の腕が……」

「早く、こちらから! 火が燃え広がってしまいます」

「瑞、殺さないで」


 どこまでも優しい春香妃は泣きながら私に命じ、シェシェと建物の外に出た。


 この僧は、きっと内通の証拠を探していた。そのためにこの部屋には火を放たなかった。蝋燭は、探すための明かり。部屋が熱くなって来た。早くしないと、熱で銃が暴発する。


 銃口を僧の額から後頭部に移し、「進め」と命じる。私は、庭へ降りる扉へ男を歩かせた。


「出て」


 その瞬間、僧は最後の足掻きとばかりに、無謀にも庭に向かって走り出す。


「止まれぇぇぇ」


 パン


 夜空に銃声が響いた。撃ったのは(すね)。私は春香妃の、殺すなという(めい)を守った。


 雨が上がったばかりの土の上、僧は全てを諦めたようにその場に崩れ落ちた。濡れた草の青い匂いに炎と血の(にお)いが混じった。


 

 翌々日、都の城壁は完全に閉鎖された。人々は家に籠り、ただただ平和を願った。


 あれ以来、敵軍侵攻の狼煙は上がっていない。約200km離れた北の国境がどうなっているのか分からないまま。


 歯痒い。

 



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