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ブラック副業、第二皇子隠れ補佐  作者: summer_afternoon
第5駐屯地

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53/61

一応、殿下は権力者

 読んでくださって、ありがとうございます。

 北の国は遊牧民という設定にも関わらず、最初の方に「宿は北の国」と書いてしまいました。訂正します。


 国境近くの街でボルとサランを売らなかった。このまま、央の国の商人として出国しよう。2頭は、その先の運命の足。


 北の国の検問所。北の国の言葉で偽りの名を告げ、「商売が終わった」と言うと、思いのほかあっさり出国を許された。ゲートを抜けると長く高い城壁が待つ。央の国の検問所へ無人の緩衝地帯を馬で進む。閉じられた門の前、役人の姿が見える。私は胸元から印章を取り出し、ぎゅっと握りしめた。


 入国時、皇族の命であるという印章を見せ、即、情報を伝えて狼煙をあげてもらう予定だった。馬で1日半の距離でも、狼煙なら1時間ほどで都へ危機の知らせが届く。都まで約10〜15kmごとにある中継拠点が、鳴砲と共に情報を伝達する。


 馬を引きながら、あと4mで検問所というところで、私に視線を向けていた役人に別の役人が話しかけた。


「おーい、(ホー)明後日もやるって?」


 賀。北の国との内通者と同じ名。賀という苗字は多くない。明後日、検問所に立つということは、男の役割は、北の国の軍勢のために、この門を内側から開けること。この場で始末したい衝動に駆られる。冷静に。ここで騒げば時間をロスする。最悪、捕えられて情報は止まり、竹筒まで没収される。


 印章を掲げるのはやめよう。わざわざ商人になりすましていることを怪しまれ、賀から北の国へ伝わっては困る。私は手に持っていた印章を服の後ろの襟元から中へ落とした。冷たい感触が背中を滑り降り、ベルトの位置で止まる。


「お役人様、商人です」


 偽名の申告と簡単な質疑応答で通ることができた。央の国の男は女に優しい。


 狼煙を上げるのは、次の次の中継拠点にしてもらおう。次の拠点を選べば、国境の検問所の内通者、賀に狼煙の合図を知られてしまう。


「ボル、サラン。頑張ろう」


 都まで、約200km。


 最初の狼煙の中継地点に着いた。砲台があるそこには、軍人だけがいる。私は、皇族の命で動いている証である印章を見せ、明後日、北の国が侵攻して来る旨を伝えた。同時に、次の中継拠点で狼煙が上がるけれど、反応しないで欲しいことも。


「承知した。直ちに宮廷へ伝令を出す」


 行商人の言うことなど、本来だったら「はあ? ホントかよ」状態で事実確認が数日かけて行われるのだろうけれど、第一側室から預かった印章は威力絶大。上官らしき男は書状を(したた)め、内容確認を求めてくる。


「相違ありません。ありがとうございます」


 狼煙だけでは「明後日」など伝えられない詳細がある。伝令は、足の速い央の馬がトップスピードの駅伝方式で書を渡す。その馬が出発する横で、書状を書いた軍人が私に問う。


「国境の検問所から、狼煙は上がっていない。なぜだ」


 内通者の存在を伏せた。目の前の男だって清廉である保証はない。慎重に。


「北の国は、央の国に戦のことが気づかれていないと思っています。こちらが知っていることを悟られないためです。国境近くで狼煙を上げれば、敵に見えてしまいます」


 けれど、その理由では、この中継地点で狼煙を上げないのが不自然になってしまう。目の前の軍人は1秒ほどの間を開け「内通者か?」と鋭い視線を飛ばす。それには答えず、「迅速な対応、ありがとうございました」と馬に跨り、走り出した。


 北の国の馬は、央の国の馬ほど速くない。次の砲台までの10〜15kmくらいなら、央の国の馬の方が勝る。けれど、この2頭は、食事と水を飲む僅かな休憩以外、もうずっと走り続けている。小柄でずんぐり。揺れが少なく乗っている私の疲労を最小限に抑えてくれる。


 次の狼煙の中継地点に到着した。敵の来襲を知らせると、軍人達は即、狼煙と信号砲の装填に取りかかった。それを見ながら私が再び馬に乗ると、「少し休め」と父親ほどの歳の軍人に声を掛けられた。


「お心遣い、痛み入ります。ですが、即、都へ帰り、戦に備えます」


 即座に走り出そうとする私に、その軍人は腰に下げていた竹筒と饅頭を包んだ紙を差し出した。


「ありがとうございます」

「無理すんな」


 髪を振り乱し馬を駆る。脳裏を占めるのは、内通者、賀の存在。明後日までに捕らえなければ。それには、竹筒の中の証拠を、信用できる人間に見せなければ。軍部の高官が敵国と通じているなど誰も信じてくれないだろう。たとえ印章があったとしても。


 私を信じ、即座に行動に移せる人は誰。上官の顔が思い浮かんだ。竹筒の中のものが捏造ではないと信じてはくれるだろう。けれど、軍部には、更に上に分厚い岩盤がある。皇帝への上奏など至難の業。様々な手順を踏んでいる途中に、内通者一族や息がかかった者が介在すれば、即刻握りつぶされる。


 朱氏様を頼ろう。


 ぽつりぽつりと降り出した雨は、やがて、ざあぁぁぁと煙るような雨足になってきた。大丈夫。狼煙が伝わる時間はたっぷりあった。雨の前、しかも明るい時間に伝えられたことに、ほっと胸を撫で下ろす。


 書状の竹筒を濡れないよう、手持ちの着替えで覆った。雨になっていいこともある。人や馬、馬車の往来が少なくなった分は走りやすい。


 何時間走ったのだろう。雨雲は一旦途切れたけれど、再び大粒の雨が襲ってきた。さすがに疲れてきた。


「いいこだね。ボル、サラン。すごく頼りになるよ」


 少しは休むことにした。木の下へ行って地面に倒れ込む。雨に濡れた自分から湯気が出ている。ボルとサランは、もしゃもしゃと木の下の草を食む。


「お腹空くよね」


 私は、木の幹に体を預け、もらった饅頭を頬張った。中にぎっしり入っていた肉と刻んだ野菜を噛むたび、自分の身になっていく気がする。ありがたい。水が入っているのだろうと思った竹筒には、香りのいいお茶が入っていた。体と心に染み渡っていく。


 やや雨足が弱くなり、再び出発しようとしたところに、1台の立派な馬車が通りかかった。


 目の前で停車。中から雨避けの衣を頭の上に持ち、1人の男が降りて来る。道にでも迷った? そんなはずはないよね。都までのメイン街道だもん。


「その方、大事ないか?」


 え。声を聞いて驚く。相手は私の顔を見て目をぱちくりさせる。


「瑞ではないか!?」


 お爺ちゃん宦官だった。なぜこんなところに。


「馬車に乗りなさい。殿下がおられる。雨で困っているようだったので、殿下から濡れた服を買う銀子を渡すように言われたのだ」


 第二皇子が馬車に乗っている。竹筒の中身を見て絶対に信用してくれる人、イターー! しかも、軍を動かすことができる権力者。頼れる。ヘタレでも。くっ。ちょっと不本意。


 馬車の中が水浸しになるのも気にせず、第二皇子は私を招き入れてくれた。


「あれー、瑞だったんだー。お疲れさまー」


 体が崩れ落ちるような脱力トーンに、今までの緊迫感が霧散。ぐっとお腹に力を入れて、張り詰めた表情を取り戻す。


「殿下、一大事です。北の国が攻めてきます。明後日です」

「はあ?!」「なんと!」

「北の国への小麦の量が誤魔化されていたことが原因だと、戦に召集された男達が話していました」

「ああ。2回目の小麦だな。それは」


 小麦の援助は3回に分けて行われることになっていた。その1回目は、朱氏様の画策で第二皇子が華々しく行った。2回目は役人達に任された。2回目は1ヶ月ほど前とのこと。


「こちらの竹筒は、第5駐屯地の近くで掘り出したものです」


 ここから都の宮廷まで、まだ何十キロもある。この緊急事態に最も必要なことを伝えなければ──私は、数本の竹筒の中から地図や書を次々と取り出した。高貴な馬車の中に詰めてあった薬草がばらばらと散り、なんとも言えない匂いが漂う。


「ここに、(ホー)という名があります。偶然耳に入ったのですが、この賀が、明後日、国境の検問所の当番をするようです。この者を検問所に立たせてはなりません。殿下。どうか、どうかお力をお貸しください」


 都まで行って誰かに伝え、国境の検問所まで行っていたのでは間に合うかどうか分からない。狭い馬車の中、私は床の薬草の上に膝をつき、頭を深く下げた。


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