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ブラック副業、第二皇子隠れ補佐  作者: summer_afternoon
第5駐屯地

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51/61

何をどこへ隠した?



 蹴球(サッカー)大会は曇天だった。

 

 新人官僚の浩宇達は、蹴球大会の開催を押し付けられていた。昨年同様、忙しそうに動き回っている。私はと言えば、同僚と共に春香妃の護衛。春香妃はシェシェを連れてくると覚悟していたけれど、第二皇子がNGを出した。


『去年よりも暑い。シェシェがバテてしまうよ』


 第二皇子の対海賊交渉により、蹴球大会は昨年よりも1ヶ月も後ろにずれていた。風はじっとりと湿り、夏前の汗ばむ季節。この季節は雨が多いけれど、開催日はなんとか天気がもちそう。


 桃麗妃の推し活は、蹴球観戦好きという言葉でカモフラージュされている。


 本部には第二皇子、春香妃、桃麗妃の観覧スペースがあり、その隅に浩宇がいた。「仕事してる浩宇、かっこよ」と見ていると、年配の紫色の服を着た官僚が若い女性を連れて来た。嫌な予感。


 本部にいた新人官僚達は立ち上がって手のひらと拳を合わせ、丁寧にお辞儀する。上司かもしれない。


「少しよいか? 浩宇」


 嫌な予感的中。何人もいるのに、浩宇にだけ娘を紹介するなんて。じーっと浩宇を見ていると、目ぇ合っちゃった。慌てて視線を地面にやる。きっと、私、怖い顔してたよ。見られた。


 浩宇は女性に挨拶している。しないわけにいかないよね。見ないようにしようと思うのに、気になって目が行ってしまう。と、


「もしかして、あちらにいらっしゃるのは瑞様でしょうか?」


 女性は私の方に視線をやり、浩宇に尋ねている。


「はい。春香妃の護衛をしている者でし──」

「きゃー♡ 瑞様!」


 なにごとかという嬌声を発し、女性は浩宇をほっぽり出して私の方へ駈けてくる。


「瑞様。私、ファンです。このようにお傍でご尊顔を拝することができるなんて、夢のようです。香り袋の金木犀の匂いはなくなってしまいましたが、先日、フィギュアを入手致しました。実物は更に凛々しくて、ああ、ぁぁ、まるで紫の薔薇のようでございます」

 

 あらら。父親が呆然としている。とりあえず、父官僚の顔を潰してやろっと。二度と浩宇に縁談を持ち込めないように。


 私は立ち上がって跪く。


「光栄でございます。貴方の美しさに太陽すら恥ずかしがって顔を隠してしまったのでしょう。これからも、御心に応えたい所存です」


 女性の左手を手に取り、手の甲にキス。


 ふら〜

    ぺたん


 女性は腰から力が抜けたように地面に座り込む。


「ル、ルイ様……」

「大丈夫ですか?」


 手を取って立ち上がらせると、女性は真っ赤。


「あ、あ、ありがとうございます。大好きです!」


 と言い残し、ふらふらと去っていく。父官僚はそれを追いかけて行った。撃退終了。


 その後もなんやかや官僚がご令嬢を連れてきた。浩宇だけではなく、1年目の官僚達への紹介は仕事の支障になりそうなほど。紹介のタイミング待ちの上司官僚とその娘や孫などが本部周辺を彷徨(うろつ)く。


「瑞、まだ、タイミング狙ってる人もいるよ」


 同僚は呆れている。新人官僚は現在研修期間。所属が決まれば、縁談パワハラは直属上司が有利。その前に有望株を狙いたいのだろう。


「モテますね、官僚」

「あはは。瑞もね」


 ときどき視線を感じる。浩宇。ちょっとくらい手を振って答えたい。たったそれだけができない。


「今回は、無事に終わるといいですね」

「だね。去年は反省会議とか減俸とか上の方の人ら、可哀想だったよね」 


 そんな話をしているとき、不審な男が目に入った。誰もがぶらぶらと観戦しながら歩く中、その男は真っ直ぐ、すたすたと本部の方へ向かってくる。私は同僚と目配せし合った。同僚が春香妃の護衛に残り、私がすっと立ち上がる。男の動向を注視しながらさりげなく傍に寄ろうと試みる。


 男を見つけた上司官僚が、娘をその場に残し、男の方へ2歩。少し首を動かしたかと思うと、本部の後ろの建物の下へ寄った。私は物陰に潜む。官僚とその家臣だろうか。テロの企てではなさそうだから、本部へ戻ろうとした。との時、湿った風が低い声を私の耳に運んだ。


「何、丁が?」


 丁? 同じ苗字はたくさんある。それでも、お世話になったおじさんと同じ苗字なのが気になった。耳をそばだてる。


「逃げられました」

「探せ、殺せ。いや、吐かせろ」

「しかし、丁は喋れません」


 !

 喋れないって。おじさんのことじゃん。


「くっそう。捕まえて、隠した場所に案内させろ」

「はっ」


 おじさんは、いったい何を隠したんだろ。


 官僚は糸のような目。浩宇に官僚の名前と所属を確認したい。けれど、浩宇と私が知り合いであるのは不自然。即、1人で父親を待つ娘のところへ行った。


「こちら、落とされませんでしたか?」


 私は自分が持っていたハンカチを、あたかも今拾ったかのように差し出す。


「いえ、私のでは、瑞様!?」


 娘は驚きの声を上げる。


「私をご存じなのですか?」

「はい!」

「お名前を窺ってもよろしいですか?」

夢華(モンファ)と申します。李夢華です」


 ◇


 その夜、朱氏様邸を訪れた。出迎えてくれた浩宇は疲れ切っていた。


「お疲れ様」

「瑞。その声で疲れとれたかも」

「あはは。あのさ、朱氏様に知らせたいことがあって」


 いつも会合をする間へ通されると、朱氏様直々にお茶を淹れてくれた。


「今日は浩宇を休ませてやりたい。浩宇、もう休みなさい」

「話を聞くだけです」


 浩宇は普段は姿勢を正しているのに、イスに背中を預けて座る。曇り空だったけれど、日焼けした頬骨や鼻が薄ら赤くなっている。


「どうした? 瑞様」


 朱氏様に促され、報告した。


「蹴球大会の最中のことですが、男が李という官僚に丁氏のことを報告していました」


 私は、そのときの様子を詳しく話した。おじさんは逃げたこと。おじさんが何かを隠して、それを李という官僚が探していることを。


「李氏様というのは、なぜ分かった?」

「一緒にいた娘に尋ねました。目が糸のような人です」

「朱氏様、恐らくは軍部事務方の李氏様です。軍部の大臣ではなく、息子の方です。今日、本部に来ていらっしゃいました」


 李夢華ちゃんは、父親と違って可愛かった。浩宇、きっと紹介されたんだね。


 浩宇の今後の官僚人生を考えれば、有力者のご令嬢との結婚話を願うべき。軍部の大臣の家はピカピカの名家。農民出身で、官僚と敵対する宦官の朱氏様しか後ろ盾がない浩宇は、今のままでは出世が難しい。分かってるんだけど。


「軍部の李氏様。であれば、皇后様の一族だな」


 朱氏様は眉間に皺を寄せ、腕組みをした。


 少しずつ、近づいている気がする。おじさんが隠したものは、第5駐屯地近くの山の中にあるのかもしれない。


 朱氏様邸の玄関で見送られるとき、浩宇から「聞いてたけど、瑞、マジモテる」と言われた。浩宇を始め新人官僚達のモテは、結婚に繋がる実質的なもの。私の趣味やレジャー的なもの。質が違う。


「まーね」


 軽く流すしかない。


「はは。……。瑞さ、女の子、好き? ほら、一緒に護衛してた人、綺麗な。仲良いの?」


 綺麗。確かに同僚は美人。同じカッコしてるのに、どーして私だけ男に見えてるんだろ。


「仲? いいけど、ただの同僚だよ」

「やっぱ、あれだけモテたら、女の子、好きだよな?」


 私は「なにいってんだか」とはぐらかす。


 朱氏様邸の門の内側。扉の内側にある大きな閂にぼんやりと浩宇と私の影が重なって落ちている。いいなぁ、影。心の中は邪を隠そうと言葉を取り繕う。


「税を銀に一元化したのは、大丈夫そう?」


 浩宇は、さっと真面目な表情に変わった。


「見込み。カステイラ国経由だった東の島国からの銀は、深海氏が担ってくれる。パエリア国からの分がなくなる以上に、新発見された銀山から採取できそうって話も聞いた」

「すごーい」

「楽観はできないかな」

「なんで?」

「タバコはまだ大丈夫だけど、アヘンタバコは単価が高いから。まだ想像もできないようなイリーガルなことが起こる場合もあるだろうし」

「そっか。」


 静か。柔らかな風が2人の間を吹き抜ける。


「……。月の中の瑞、綺麗」


 浩宇の掠れた声に、どくんと心臓が揺れる。硬い話に戻そうと理性が訴えるのに、脳のどこかが蕩けて、ただ浩宇を見つめることしかできない。門から出なければ。そんな私の左の指を浩宇が握った。


「瑞。……。ひとりでなんて行かせたくない」


 握られた親指以外が熱を持つ。


「大丈夫だよ」

「なんか、オレ。瑞がいないと、心臓が潰れそう」


 私は握られたままの手を引き寄せて、浩宇の右手の甲にキスした。


 目を見開いて固まった浩宇を門の内側に残し、私は、門の隙間をすり抜け月の夜道へ去った。




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