皇帝陛下のお小遣い
第二皇子は手に入れた銀15万を全てを皇帝に献上した。軍の上官は「ありえない」と嘆いていた。あれだけあれば、せめて1万を自分達で分ければいいと。自分は少なくとも銀100くらいを貰える算段だった模様。でもまあ、公式な特別報奨金としてちょっとは貰った。ヒラ軍人の私は銀50。レベルMAXの危険手当としては妥当なところ。
──ちゃりん
これは、朱氏様の不正ストックが貯まる音。今回朱氏様は、恐れ多くも皇帝の不正をストックすることができた。密輸船とその船の乗組員。しかも、その物的証拠を得た。
私は想像した。夜な夜な、朱氏様が一人、しゅっしゅっと養針する姿を。妖怪のようで怪談じみている。
朱氏様邸での報告会。浩宇と視線が合い、恥ずかしさに目を伏せる。私に邪な気持ちがあるからか、蝋燭の灯りの中の浩宇は酷くセクシーに感じた。
本日は、いつものメンバーに加え、特別ゲストが招かれている。
「王先生、いかがでしょう」
突然、朱氏様は話を振った。
「調べてまいりました」
王先生は、10cm四方の紙を数枚取り出す。
王先生は朱氏様から「帳簿が捏造でないことを証明して欲しい」と依頼を受けていた。現在はかろうじて、帳簿の中にあった水羅盤の針は磁気を帯びている。けれど時間が経てば磁気がなくなり、それは証拠の意味をなさなくなる。びっくり。てっきり朱氏様は、夜な夜なしゅっしゅっの養針妖怪になるとばかり思ってたよ。
「こちらは皇室に納められる上質な紙でございます。1枚はそのまま。1枚は水につけて乾かしたもの。もう1枚は塩水につけて乾かしたものでございます。本当は海水を使いたいのですが、ここから海までが遠いので塩水で代用しました。こちらに火をつけますと、1枚だけ異なる色を放ちます」
王先生は3つの皿にそれぞれ紙を置き、点火。2枚は紙が赤に近い炎が燃える普通の光景だった。塩水に浸して乾かした紙のみ、鮮やかな黄色に近いオレンジ色の炎を上げた。
紙が燃える短い間、こんな些細なことまで「不正」をしない朱氏様を密かに見直していた。
「ここで試すわけには参りませんが、帳簿の端をほんの少し破って燃やせば、海水を含んでいたことを証明できます。その場合、必ず比較対象として通常の紙を複数枚燃やすことです。そうすれば、誰の目にも一目瞭然でしょう。私はただの医師でございます。関わりはここまでに。殿下、何卒ご容赦を。他言はいたしません」
王先生には、帳簿が政治的にどういった意味を持つのかが分かっているのだろう。
朱氏様、浩宇、私の3人は、門の前で王先生を見送った。去り際の見事さ、さすがは皇帝が手放したがらない御人。
奥の間へ戻ると、第二皇子は扇子で扇ぎながら空を見ていた。
「朱氏、僕はあまりに不甲斐ない存在だったから功績を挙げるべきだった。だけど今、どこか別のところへ向かって踊らされている気がするよ。気のせいじゃなければいいが。母上は、それほど大きな望みを持っていないよ」
それほど大きな望み?
第二皇子は立て続けに功績を挙げた。北の国との戦で敵将の首を取った。三日月港でアヘンを摘発した。北の国へ友好の証として小麦を運び銀を得たばかりか、海賊軍のトップとさえ話をつけた。
「あ、今回の蹴球大会、もうすっかり準備が整ってるよ。参加チームが23」
と第二皇子。
そういえば、蹴球大会もあったじゃん。ああ、また警備が大変。今度は春香妃、シェシェを連れて来そう。桃麗妃は推し活に励むよね。あれ? 何考えてたんだっけ。
おじさん──丁大氏については、後日にもちこされた。
会合は終了。最初に立ち去るのは第二皇子。浩宇の肩を扇子でぽんぽんと叩いて爆弾を投擲していった。
「瑞がさ、海賊にモテモテだったんだよ。僕、瑞を島に置いてってくれって、正式に頼まれたんだ」
何いらんこと言ってんの?! 早く帰れ。
第二皇子を見送った後、浩宇と少し喋った。無事でよかった。浩宇の方は元気にしてた? 元気元気。海賊にまでモテたの? 冗談に決まってるじゃん。ならよかった。瑞は女にも男にも。
不意に軽快な会話が止まる。浩宇は唇を半開きにしたまま。静かな間。
「浩宇からの文、お守り代わりに持っていった」
まるで告白のように告げると、浩宇は少し微笑む。けれど、次の瞬間、困った顔をした。
「あれは、夜書いた文だから。なんか夜、オレ。文にも書いたけどさ、なんか、ま。捨てていいから」
「はあ? なんで?」
「逆にいーの? 瑞」
「嬉しいけど」
お守りにするほど。
「そっか」
浩宇は歯切れの悪かった。
◇
球技大会よりも前のこと、非番の日、第一側室から後宮に呼ばれた。
朱氏様が保管しているとばかり思っていた帳簿は、第二皇子の手に移っていたらしい。私が部屋を訪れたとき、第一側室は、第二皇子の前で帳簿をぱらぱらと捲りながら、ぱちぱちとそろばんを弾いていた。
「なるほど。そうね、この船には、銀50万くらいが積まれていたことになるわね。仕入れや関わった者達への報酬、諸経費を考えても、なかなかな収益。きっと、1回の航海ごとに、帳簿を皇帝陛下へ届けていたのでしょう」
第一側室は、生き生きとしている。
「密輸に関しては少々聞いてはいましたけれど、ここまでとは。私、これほど皇帝陛下を尊敬したことはありません。央の国へこんなにも多くの銀を招いてくださっていたなんて」
今度はうっとりと皇帝への賛辞を宣う。
「母上、こちらの帳簿はいかがいたしますか?」
「後宮などという危ない場所には、置いておけません。十王府に保管してちょうだい」
その言葉の後、やっと部屋の隅で控えている私に声を掛けた。
「瑞様、お待たせしてしまったわ」
「貴妃様、ならびに殿下にご挨拶申し上げます」
「今回も貴方のおかげだと聞きました。礼を言います」
「勿体ないお言葉でございます」
「それでね、瑞様。見せたい物があって、」
など仰々しくやりとりしていると、侍女が大慌てで部屋に駆け込んでくる。
「貴妃様、皇帝陛下が参られます!」
その言葉に、第一側室はさっと立ち上がり、私を見て両手人差し指で×を作り、屏風の後ろを指差した。無言で頷く私に、第一側室は帳簿を押し付ける。そして、そろばんを敷物の下にささっと滑り込ませた。
屏風の後ろで私は目を見開く。並べられた20cmほどの精巧な木彫りの人形に。どう見ても私。両手で拳銃を構えている姿。何体もある。またなんかやってる。
すぐ後に、正式に皇帝の来訪が告げられ、扉が開く音。
「「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」」
と親子の声が聞こえた。
「挨拶などよいよい。ここに参っておったのか、第二皇子」
「はい。母上に蹴球大会の企画について報告しておりました」
第二皇子は旬な話題を取り上げた。
「陛下、本日はいかようなご用向きでございましょう」
第一側室が尋ねると、皇帝は拗ねた声を出す。
「用がなくても会いたければ来る。最近、其方は銀の話に喜ぶではないか」
「ええ。陛下のご威光が嬉しいのでございます。ことに、海賊から献上された銀。央の国が富み、栄えている証でございましょう」
うっわー。第二皇子がわざわざ別の話をしたというのに、第一側室はストレートど真ん中。
「それは、第二皇子の働きによるものだ。しかし、第二皇子よ、事情を察したのであれば、皆の前で全額献上せずともよかったのだぞ」
「父上、事情とは」
第二皇子は意外にも慎重に皇帝の真意を測るように問う。
「ほれ、その、まあー、朕の副業のことだ。船と船員も帰還したと知らせが入った。感謝する」
「とんでもございません。どのように報告してよいものか、考えあぐねいておりました。実は、深海より献上された銀は、誤って船を拿捕したときの積荷の一部でございます」
「なるほど。そういうことだったのか。今後、そーゆーときは、密かに献上するのだぞ」
あらま、央の国のトップからして裏金推奨。
第一側室は私を気にしてか、ころころと高い声で笑う。
「まあ、陛下ったら。ご冗談が過ぎますわ。ほほほほほ」
これも微笑ましい家族の団欒と言えるのだろうか。締めは皇帝のブラックジョークだった。
「はっはっは。これはこれは、朕が杖刑を受けねばならんな」




