癖ありそうな深海魚
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「癖ありそうな深海魚」を「航海士の針仕事補佐」と「癖ありそうな深海魚」に変更しました。
瑞が水羅盤の針を養針する場面を追加しました。
「オレさ、瑞のこと、一目で気に入っちゃったんだよね」
「……」
男はどさりと、長イスの虎の毛皮の上に座る。態度がでかい。どう見てもアラサー。下っ端だろうに、この部屋でエラソーに振る舞って大丈夫なんだろーか。上の人が来たら、どーするんだろ。
「ほらほら、ここに座んな」
口の大きな男は自分の膝をぽんぽん叩く。ふざけるな。私が後ずさると、男はにーっと口角を上げた。
「自己紹介がまだだったっけ。オレ、深海。一応、あんたらの交渉相手」
即座に敬意を表す礼を取った。頭を下げながら脳内はフル回転。
嘘か真か。巨大な海賊軍のトップがこんなに若い? もっとコワモテのはず。だって深海魚なんて言われ、、、ああ、名前が深海。男が私達の乗る商船に来たとき、商人はどうしていた? 第二皇子以外、全員で頭を下げた。じゃ、その後。私のところへ来た。他の海賊達が前列から取り調べる中、単独行動だった。下船して、私だけがお風呂&着替えコース。結論、本当に海賊軍のトップ。この口が横にでかくて深海魚みたいなイケメンが。おまけにチャラい。
深海魚は茶を所望した。
「おーい、紅茶。砂糖たっぷり」
「へい」
どこからか返事があり、背中の曲がった男がお茶を持ってきた。差し出された両手、十本の爪には漏れなく黒い汚れが詰まっている。煌びやかな部屋に住んでいても、海賊は海賊なのだろう。私はテーブルを挟んで、置かれていた舶来の猫足イスに腰を下ろした。
「交渉内容は把握してるんだよね。オレが契約水軍みたいな感じで、他の海賊を取り締まって、利益独占。まー、なんてーの。オレとしちゃ、朝貢貿易なんてクソみたいなん、やめりゃいーのにって思うわけ」
「そのような話、私にされましても。自分は一介の軍人ですので」
「マジで? どーせ第二皇子の女なんだろ?」
やめろぉぉぉ。冗談でもやめろ。
「軍人です」
そう言うと、深海魚は立ち上がってテーブル越しに長い腕を伸ばし、私の肩や腕を無遠慮に触る。
「確かに軍人だな。よく鍛えてある」
「……」
軍人として褒められても、乙女的には辛い言葉。
「もったいな。あんた、キレーなのに。転職しね? オレんとこ。オレ、港港に女を1人ずつ置いてんだけどさ、今、ここ、空いてるんだわ。2ヶ月留守にしたら手下にNTRされてさ」
「ふふ」
思わず笑ってしまった。イケメンなのに。トップなのに寝取られたちゃったんだね。
「お、笑うとかわいーじゃん。マジでタイプなんだけど。彼氏いる? 旦那は? 旦那いたら、こんなとこ、来させないよな。な、な、好みのタイプは? なんかして欲しいことある?」
「望みは、交渉が成立することです」
「固っ。そこもグッと来る。そそる。な、な、『平伏しなさい』って言ってみて」
「はぁ?」
「いーから」
「平伏しなさい?」
「もう1回、語尾上げないで」
「平伏しなさい」
「っ」
深海魚は、長イスに倒れ込み、虎の毛皮をくしゃくしゃにして悶える。変なの。
「ヤベーわ。その声、下半身にクる」
何言っちゃってんの?
「いいっ。その虫ケラを見る目。オレさぁ、周りから恐れられちゃってさ、怯えられちゃって。財目当ての女は唸るほど寄ってくるんだわ。だけど、オレとしてはさー、普通に接して欲しいわけ」
虫ケラを見る目とか「平伏しなさい」はふつーじゃないよね? ってか、私、完全に舐められてる。
「質問してよろしいでしょうか」
「なに?」
「他の者達はどうしているのでしょう。捕えられてはいませんか?」
「ぜんぜん。温泉入ってもらってる。今ごろ、海の幸食ってんじゃね? 酒は今夜出す予定」
「酷い扱いを受けていないのですね」
よかった。私は安堵した。
「オレは紳士だからさ。敵意がないヤツにはそれなりに接するって」
しんし? どの口が言う。
「安心しました。ありがとうございます」
「なーなー、オレの船、見せてやるよ。たまにさ、1人でそれん乗って、釣りしてんの」
深海魚は小さな子がカブトムシを見せてくれるような勢いで、私の手首を掴む。はしゃいでいるのが容赦なく引っ張る手から伝わってくる。岩礁のように無骨で巨大な手、幾千もの略奪を制した体躯は猛獣のよう。
船は小さかった。1人で操舵できる大きさ。帆を広げて見せてくれた。釣竿、網、オール、その他いろいろも自慢げに披露する。
「本当に海がお好きなのですね」
そう言うと、彼は子供みたいに、にぱっと笑う。
「うん。好き」
「あはは」
かわよ。
「なー、ホントにオレのこと、気に入ってよ」
「あははは」
「オレ、好きんなったし」
「あはは」
笑っていなし続けるのも限界。話を変えよう。
「立派な船がたくさんありますね」
「だろだろ?」
港に突き出た桟橋の右側に深海魚の釣船や小さな船、左側の奥には、視界を防ぐほど巨大な帆船が何艘も係留してある。
「全部、海賊軍の船なのですか?」
「ま、そんなとこ。1番最近手に入れた船、すっげー立派。来て来て」
深海魚はまた、私の手首を引っ張って気分のまま歩く。長身が大股で闊歩するからついて行くのが大変。この人、NTRされたのは女の扱いを分かってないからかも。女の中では背が高い方の私が早足、普通の女性は引きずられるように走らされる。万事がこの調子なら、財を目当てに寄ってきた女の心を掴めるはずがない。
「小さなころから、船に乗っていたのですか?」
「おう。12歳までは漁師だったんだ。税が払えなくて海賊に転職した」
12、3歳から男ばかりの世界で約20年も過ごせば、女のことなんて分からなくて当然。
「ほら、これこれ。たぶんさ、皇帝の船。なんでか、持ってるはずのオレらに見せる通行証、持ってなかったんだよ。で、拿捕」
「どうして皇帝の船と分かるのですか?」
トップシークレットのはず。
「船見りゃ、どこのか分かる。あんたらを仲介した商人が最初に通行証を発行するとき、オレら、立ち会うもん。いろんな事情も伝えてもらう」
「そのときに、事情を聞いたのですね」
「おう。ま、皇帝なんてーのは、好きなように金を使えねーもんだろ。全部記録されて歳出として公表される。小遣い帳持ってるガキより最悪」
「なぜ、その船が?」
「手違い」
それで済ませるわけ?!
「間違えたのなら、お返しするべきではありませんか?」
「なんで?」
そーだ。海賊だった。略奪が仕事。一般常識の外の人。
「ですよね」
「この船かっこいーけど、オレら攻撃したとき、船体に穴あけちゃったんだよなー。ま、航海に支障ないけど、オレらが使うには大砲使えるように改造しなきゃいけないし。直すのも手間。浮かべとくだけで船は痛む。実は持て余してるんだわ」
じゃあ、返せよ。
「船に乗っていた船員達はどうしましたか?」
「めんどい態度のヤツは海に捨てて、ゆーこと聞くのは連れてきた」
怖っ。海に捨てるとか、人間の命を鼻くそほども気にしていない。……私も一緒なのかな。自分と味方の命がかかってるときに、敵の命の重さなんて気にしていない。
「いるぜ。積荷の上げ下ろしやってる中に混じってる」
深海魚は少し離れた場所にいる、港で働く男達をアゴで指した。
「ほら、黄緑色の服着てるヤツらがそう。新入りはまだどんな人間か分かんねーから、黄緑色が目印」
なんと、服の色で一目瞭然。ちらほらと黄緑色の服がざっと20名。
「船長もいるんですか?」
「船長は殺すことにしてる。やっぱ、残ってるとそっち頼るんだわなー。いい人材だっちゅうことは分かってんだけどさ」
「用心深いのですね」
「おう」
「積荷はなんだったのですか?」
「銀」
「どれくらい……」
「んー。50万ちょい」
はああああ?! 私が初めての命懸けの副業でもらったのは銀500。数年遊べる金額。第二皇子が北の国に拐われたときの密書に書かれていた報酬金額は銀1000。50万って、@_@
「たくさんあったのですね」
「皇帝の船だもんな。帳簿あるぜ。見る?」
「はい。ぜひ」
深海魚は部屋に戻るとき、「ちょっと待って」と1冊の冊子を持ってきてくれた。右側で閉じられている。冊子の紙はごわごわとして、しっかり閉じないほどページが膨れている。
ぽいっと投げ渡された。扱いが雑。




