失敗に終わった陰謀
おじさんは武器の横流しに絡んでいたと分かった。
お爺ちゃん宦官の碁の相手、百里氏は武家出身の元武官。文官官僚を嫌悪していた。なので、同じ一族に官僚がいて、しかも軍部のトップという第5駐屯地の将軍が大嫌いで、べらべらと汚点を垂れ流したらしい。
百里氏は、第5駐屯地に次ぐ規模の北の国境の駐屯地にいた。おじさんは、そこで特別目立った。とにかく強かった。速かった。気が利いた。そういった人間は、軍では往々にしてイケイケリーダー的な存在になるものだが、おじさんは温厚で静かなタイプだった。
『第5駐屯地のヤツが、隊を貸せって言ってきたんだよ。エラそうに。貸してやったら、1番の精鋭だけ返してくれなかった。丁だよ。面白くはなかったが、そこまでは許せる。強いヤツがいたら軍が強くなるからな。でもな、ひでぇことやらせたんだ。武器の横流し。しかも北の国へ。そんで、バレたらトカゲの尻尾さ』
それは13年前のこと。第5駐屯地の将軍が内通しているとタレコミがあった。
『誰がタレコンだか知らんが、一族に軍部のトップがいるのに、話が通るわけねーだろ? それが驚いたことに、都の軍部まで話が行ったんだ。都から派遣された官僚も、手ぶらじゃ帰りにくい。実際、長年に渡る大量に横流しが発覚したんだ。で、丁が護送された。いけすかねー第5駐屯地の将軍が、脅してやらせたんだろうに、丁に罪をなすりつけた。一騎当千のヤツに。サイアクだよ』
軍では上官の命令は絶対。軍にいたければ、理不尽に耐えるしかない。武器の横流しなんて死罪。そんなヤバい話をもちかけられたら、その時点終わる。断ったら殺される。嫌なら、頃合いを見計らって逃げるしかない。当然のことながら、軍には戻れず、刺客に追われ、故郷を失う。食いぶちがなくなる。
『傑作なことにさ、丁は脱獄したんだ。焼印押されたときに、そこら中のヤツ蹴散らして。すごいだろ。普通は激痛に気絶するってのに。ざまーみろだ。一族の威光の傘の下で威張り散らして、横柄なヤツだった。震えて眠れ』
武器の横流しであっても、例えば一般兵が銃を数丁流したところで、その場で殺されるだけ。都まで護送されるとしたら、もっと上が絡んでいるだろう。「長年に渡り」なら確実に上が絡んだ組織的なもの。
お爺ちゃん宦官は続けた。
「百里将軍によれば、当時、軍部のNo.2がトップを追い落とそうと政権争いをしていたそうです。丁氏は、証人として都へ運ばれたのではないかと。将軍が北の国に組織的に武器を横流ししていたとなると、一族皆殺しは免れません。政敵はこれを狙った可能性があります。けれど、軍部のトップは変わらなかった。No.2は政権争いに敗れたということでしょう」
驚くべきは、そんな訳ありの人をピンポイントでスカウトした朱氏様。
「朱氏様。なぜ街で丁氏を御者に選ばれたのですか?」
私は尋ねてみた。
「別の者に声を掛けて断られていたとき、肩を叩かれた。さすがに国境辺りから都までなど、誰もやりたがらない。せいぜい1日で家に帰りたいものだ。丁氏には話が聞こえたようで、にこにこしながら自分を指差した」
おじさんの方からだった。
都にいても朱氏様は目立つ。宦官のせいか中性的な美しさがあり、宮廷の環境が染み付いて雅さが滲み出ている。国境付近、一目で都から来た御一行の高位の者と分かっただろう。報酬目当てだけだった? おじさんは、それだけで、都という、自分にとって危険な場所に近づくだろうか。御一行の明らかに高位の人間が、馬車と御者を自ら探していたなんて、「訳あり」と言っているようなもの。おじさんは、ただならぬ緊急事態を嗅ぎ取ったのかもしれない。
おじさんが生かされていたのは、証人として、ある程度No.2に守られていたからと想像できる。そして、No.2が失脚する前に脱獄した。
朱氏様は第二皇子をじっと見た。
「北の国と第5駐屯地の関係は13年前、既にあったと分かりました。敵国に武器を大量に横流しするなど、反逆罪です。それを隠蔽した人間が、今ものうのうと軍部のトップに君臨しているのですよ。殿下」
第二皇子は、扇子を広げてそれに隠れる。
「僕を唆そうとするの? 朱氏、自分が何を言ってるか分かってる? ものすごい危険思想」
朱氏様の読み通りならば、皇后様一族は北の国と内通している。その場合、一族全て処刑。嫁いだ娘は判断が分かれるところ。たとえ処刑を免れても奴隷まで身分を落とされるのが通常。なので、皇后様と第一皇子の処遇は皇帝の御心の次第となる。それでも、第一皇子が皇位継承から外れることは確実だろう。
え? そしたら、第二皇子が皇帝?! それはやめとこ。朱氏様、貴方は鼻タレ小僧に国を任せるおつもりですか。そりゃ、神輿は軽いほど担ぎやすいって言うけどさ。阻止阻止。
「朱氏様、証拠がありません」
私、エライ。央の国、守ったかも。
朱氏様は一旦引き下がった。
「確かに。証拠がありません。ですが、国家の転覆に繋がります。央の国の前朝廷は、北の国だったのですよ」
旧朝廷が滅んだのは200年以上前。央の国の前は、北の国にいる民族の国だった。領土は北の国+央の国。要するに、央の国部分が北の国の民族に侵略され、統治されていた。疫病や民衆の蜂起や北の国の旧朝廷の弱体化など、いろいろなことが重なり、統治側が北へ退き、央の国ができた。
第二皇子は別の視点を持っていた。
「悪いことばかりじゃないよ。適度にあっちと癒着してる部分もあってさ、国境線の長さを考えれば、軍事費は少なく済んでる。北の国の民族は伝統的に戦に強い。攻めてこられるより、緩衝材として機能してくれた方が助かる」
なんてことを。癒着を肯定。それに、緩衝材は癒着じゃなくて、別。
「北の国境には長い城壁もありますし」
と私は捕捉した。央の前の朝廷のそのまた前の前の……から、北の国との国境には長い城壁がある。レベチに長い。しかも、様々な時代のものが幾つも幾重にもある。我々のご先祖様は、それくらい北の国が怖かった。軍馬の産地というくらい、北の国は大昔から軍事大大大国だった。
ただ、長い城壁に関して言えば、完璧じゃない。だからこそ、幾つも幾重にもある。ビンテージだから壊れている箇所があるし、脆い部分もあるし、地形的に工事できず、途切れている場所もある。北の国の陣営から第二皇子を救った帰り道は、途切れている場所を通ったのだろう。
城壁の最も完璧じゃない点は、検問所。北の国とは国交が盛んなので、正規の門があり、そこで検問することになっているけれど、役人によっては賄賂で動く。央の国の官僚&役人は上から下まで腐っている。
朱氏様は私に、北の国が強いことを否定しろと言った。
「瑞、軍人なら、そこはムキになるところだろう。北の国が強かったのは、200年以上前ですと。だから央の国ができたのだし、今や央の国は火器大国。騎馬隊など大砲と銃で蹴散らしている」
「どうも、ありがとうございます」
朱氏様が第二皇子の言葉を否定してくれた。
「皇后様は、第5駐屯地辺りのご出身なのですか?」
ふと尋ねてみた。
「ご出身はもっと北東の穀倉地帯だよ。その辺りは、央の国が建国されたとき、北の国に帰らなかった人達もいたんだ。今も北の国境付近は、上層部に、かつて支配していた北の国の民族が残っている。皇后様は、一族だけじゃなく、周りの、ルーツが北の国の民族皆の威信をかけて後宮に入られたんだ」
第二皇子はさすがによく知っていた。
「威信ですか?」
「皇后様の一族は、別の民族の色が濃い。だからさ、今のようにちゃんと地位を保っていなければ、極端な話、央の国から北へ追い払われる。あり得ないけど」
この会合も前回と同じく、朱氏様の執務室で、浩宇抜きだった。
後日、浩宇は科挙に合格した。2位という快挙だった。




