十分功績挙げました
おじさんを調べた。どうせ偽名だろうと思っていたら、本当に「丁大」だった。
おじさんは、徴兵で軍に登録され、北の国境近くの駐屯地の1つに配属された。その後、第5駐屯地に移っている。13年前、第5駐屯地で兵糧を盗んだ罪で捕まり、都へ護送され、脱獄していた。どおりで。名前を言っちゃダメなはず。
変変変。
兵糧を盗んだ罪で捕まり、、、って。兵糧を盗んだら、大抵、その場で殺される。兵糧の窃盗は、部隊全体の飢餓を招き、軍の敗北や集団逃亡に繋がる。盗んだ量がよほど少なかったなら、捕まって、焼印ってこともあるにはある。おじさんの背中には焼印があった。
どんだけちょっとだったんだろうと記録を見たけれど、盗んだ兵糧が具体的に記されていない。あり得ない。
1番異様なのは都への護送。辺境の地の罪人が都へ護送されることはほぼない。しかも、もとは民兵。都に護送されるのは、密輸の親玉とか、皇族に危害を加えたとか、武器や兵糧の横流しの親玉とか、そーゆー特別な犯罪者。あるいは将軍や知事などのアッパークラス。
おじさん、訳ありにもほどがある。で、また第5駐屯地。
13年前の古い軍の名簿を広げた。第5駐屯地の配属。当然のことながら、知った名前はない。その前にいた駐屯地の名簿も見てみた。ない。
知り合いを探して話を聞くという方法はあるかもしれないけれど、なにせ主要な駐屯地だから5000人規模。全てを書き写すなど無理ゲー。何か犯罪を犯して都に護送されるとしたら上の方だから、その辺りの名前を、それぞれの駐屯地、30人ずつ書き写した。
◇
あれをなんとかする会、、、じゃなくて、プロジェクトとやらの会合が、朱氏様邸から場所を変え、宮廷の隅で行われた。そこは朱氏様の執務室。今回、浩宇は欠席。科挙の2次の結果が出る直前、浩宇をそっとしておいてあげたいという親心だろう。
朱氏様は言う。
「少々、浩宇の様子がおかしいのです」
心配。
「6年越しですから、精神的にぴりぴりしてしまうのはいたしかたないこと」
お爺ちゃん宦官の言葉に、私は頷く。そーだよ。6年も。学んできた年月はもっと。
「どちらかというと、心ここにあらず。なので、今回は、場所をこちらにしました」
「僕さ、もう、十分いろいろやったと思うんだけど。北の国境で敵の陣営を壊滅させたでしょ? あれは瑞だったけど。三日月港でアヘンの摘発したでしょ? あれはシェシェだったけど。三日月港では、密輸の親玉が捕まったじゃん。北の国境では敵と内通してた将軍を捕まえたし」
第二皇子は控えめにドヤる。
「残念ながら殿下、敵と内通していた将軍の件は、ほとんどの者が知りません。三日月港の密輸に関わっていた商人は、証拠不十分で釈放されました」
朱氏様は今更、残念なお知らせをする。
「はああ? あり得ないよ。僕、ちゃんと投擲爆弾1個、持って帰ったはずだよ」
「都に着くまでに紛失したようです。蔵ごと吹き飛んでしまったので、証拠がいっさいありません」
なんてこと。それはつまり、、、
「私の落ち度でしょうか」
苦々しい思いで声を出す。
「いや、瑞様。やはり、密輸に関しては、非常に、ひっじょーに困難なのですよ。この央の国では」
ああ、そうか。皇帝が密輸に絡んでいるんだった。そこと関わりのある商人だったということ。
「あ、そうそう。僕は小麦を運んだ。それに、銀山を見つけた」
と、第二皇子は胸を張る。
お爺ちゃん宦官は、ばさっと扇子を広げて第二皇子を仰いだ。
「殿下、お見事でございます。死闘を繰り広げながらもなお、銀山を発見なさるとは。第一側室様は殿下の功績に涙を流して喜んでおいででした」
うーん。きっと、銀山に泣いて喜んだんだと思う。
「だからさ、ほら、次の蹴球大会開催に向けて頑張りたいんだ」
にこにこする第二皇子を、朱氏様は華麗にスルーし、会議を進行した。
「丁大について、何か分かったことは?」
「はい。彼は、」
私は調べたことを報告した。おじさん、丁大という男の記録に不審な点があることを。
北の国からの帰路で5人の刺客に襲われた。その際、北の国で小麦を受け渡したときに交換した馬だった。馬が第5駐屯地に届いたのかどうかについては、現在問い合わせ中。第5駐屯地は遠い。恐らくは、第5駐屯地へ行くはずだった馬で、第5駐屯地まで行っていないと考えられる。日数が足りない。
お世話になった私達に慮り、お爺ちゃん宦官が見解を述べた。
「彼が話せないのは、喉をつぶされたからでしょう。不思議なのは、そこまでしたのに、命があることです。普通ならば殺されています。脱獄したというのは、どのような状況だったのか。13年前ですか。せめて5年以内であれば、人々の記憶にありましょうに」
「丁氏がいた第5駐屯地とその前にいた駐屯地の上層部の名前です」
私は紙を広げた。あ! 注目されてから後悔した。なんとか読み解くしかないというレベルの悪筆。
「おお、百里将軍は13年前、ここにいらっしゃったのですか」
お爺ちゃん宦官が扇子の先で示した先は、前にいた方の駐屯地のトップだった。百里というレア苗字。
「お知り合いなのですか?」
「今は引退して都にいる。ときどき碁をする仲だ。丁大について尋ねてみよう。ちょっとぐちっぽい男だが、そのぐちの中にいつも情報があって、なかなか面白いのです」
なんだそれ。
「あれ? 僕の提案はどこいっちゃんたんだろ。もういいよね?って話」
「殿下、もうしばらくお付き合いください」
「丁氏を調べるべきじゃないと、僕は思う。脱獄犯だった。調べてどうするの? 僕らが調べてると知られたら、彼、殺されるよ? どう考えても触れちゃいけないことが起こってる」
お爺ちゃん宦官は第二皇子を宥めた。
「殿下、尋ねるだけなら構わないのではないですか。もう、丁氏がどこへ行ったのか誰も分からないのですから」
私は質問した。
「百里将軍は、皇后陛下の一族と繋がりがありますか? 丁氏のように徴兵された民兵が駐屯地から別の駐屯地へ異動することはあまりありません。繋がりがあるから異動させることができたのかもしれません。そして、第二皇子が影武者に変わっていたことは、恐らく多くの人に知られています。私達は、道中や宿に死体を残して来ました。丁氏がいる場所は絞られるでしょう」
探そうと思えば探せる。その先にあるのは、恐らく、おじさんの死。
「繋がりはありません。むしろ、皇后様一族の武官らのことを『偉そう』と嫌っております。命令してくると。戦になりそうだから兵を貸せだの、兵糧を運べだの、城壁の修理の担当箇所変更だの、逆らえないのをいいことに、好きなだけ要求するとぐちっておりました。百里将軍は、わざと漏らしているのです。軍の人間なので、肝心なところは口が硬いですよ」
じゃ、大丈夫かな。
◇
浩宇が科挙の2次試験に合格した。
合格発表の日、勤務中、私宛に文が届けられた。持って来たのは、朱氏様の下で働く宦官。差出人は、浩宇だった。朱氏様には、恐らく私の気持ちがバレている。ものすごく合否を知りたかったからありがたかったけれど、気遣いが、小っ恥ずかしかった。
2次試験に合格すれば、官僚になることは確約される。面接で落ちることは、ほぼないらしい。
浩宇に最後に会ったのは、数日前の服を返した、あの、逃げられた日。次、どう会えばいいのか困っていたから、朱氏様の取り計らいは、正直助かった。
翌日、非番の日に会った。行きたいところを訊かれ、「国子監」と浩宇の学校のことを言ったら、それはダメだと言われた。
「なんで」
「瑞が朱氏様と繋がってることを説明できない。だから、オレと知り合いなのがおかしい」
「あ、そっか」
あまり深く考えていなかった。
「んー。でもな、親戚って言えばいいかも」
「おお。いーじゃん。学食行こう」
国子監の感想、育ちの良さそうな人ばっか。賢そう。軍にはいないタイプ。まろやかで穏やかな感じ。
学食の担々麺を食べた。浩宇の知り合いがいっぱい寄って来た。不合格の人もいるだろうから気になったけれど、浩宇曰く、学校に顔を出せるメンタルなら、普通に接して大丈夫とのこと。楽しかった。




